| この素晴らしい世界に祝福を! 15 邪教シンドローム【電子特別版】 | |
| 暁 なつめ | |
| 株式会社KADOKAWA (2018) |
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それはいつもの風景にいつもの日常。
「カズマさんカズマさん、おしょうゆ取って」
「ほらよ」
早起きなめぐみんやダクネスとは違い、俺とアクアはちょっと遅めの朝食を摂っていた。
アクアにしょうゆを渡してやると、ありがと、と言いながら、それを──
「おい、お前今しょうゆの中身にちょっと触れたろ」
「触れてない」
しょうゆ差しの形が悪いというのもあるのだが、コイツはしょうゆを垂らす際、二割ぐらいの確率でうっかり触って浄化する。
「触れてないのならそいつにしょうゆ掛けてみろ。水じゃないなら食えるよな?」
「......ねえカズマ、どうしてそんなにいじわる言うの? 私達、もう長い付き合いでしょう? なら、今がどういう状況なのかも分かるわよね?」
穏やかな笑みを見せながら、焼き魚を前にアクアが言った。
「お前が毎度毎度調味料を浄化するから言ってるんだろ。おら、しょうゆのままならそれ掛けて魚食ってみろ」
「掛けてやるわよ! 何よ、ちょっと調味料を水に変えたぐらいで! 素材の味が活かされてきっと美味しいに違いないわ!」
焼き魚にチョロッと水を掛け、ヤケクソ気味に頰張るアクア。
「......何か言う事はあるか?」
「............後でおしょうゆ買いに行くから、カズマさんの横のお塩をちょうだい......」
悲しげな表情で瓶を受け取ると、アクアがせっせと塩を振る。
と、その時。
「あーっ! ちょっと何すんのよ、それは私の魚よ! 返しなさいなこの獣!」
近付いてきたちょむすけに皿の上の魚を盗られ、激昂したアクアが立ち上がる。
魚を咥えたちょむすけは俺の足下に近づくと、やがてアクアをチラリと見て。
「......この子ったら私を格下だと思っているわね。カズマ、そこをどきなさいな。漆黒の邪悪な毛玉に、いい加減この家でのヒエラルキーを教えてあげるわ!」
「何だよもう、飯ぐらい静かに食べろよー......」
大きな欠伸をしてから魚をはぐはぐと食べ始めたちょむすけに、アクアが眉を吊り上げ襲い掛かった。
「痛っ! この魔獣ってばなんてことかしら、恐れ多くも女神の柔肌にツメを立てたわね! いいわ、ここで決着を......熱ーい!」
引っ搔かれたのは分かるのだが、熱いという悲鳴は何なのか。
ちょっとだけ気になったものの、俺は一人と一匹の方は見ずに食事を続け......。
「ねえカズマ、大変よ! 今この魔獣が火を吐いたの!」
「おい止めろよ、みそ汁飲んでる時に揺らすなよー。っていうか、俺は前から言ってたじゃん。そいつは炎を吐いて魚を焼くって」
今さら何をとばかりに言ってやると、アクアはちょむすけに恐れをなしたのか距離を取る。
「なるほど。この子は最初出会った時からただ者じゃないとは思っていたけど、やっぱりね! ......見える、見えるわ......! ええ、確かに見えるわ、正体が!」
ようやく気付いたのかと思いながら食事を続ける俺に向け、アクアがチラチラと視線を送る。
「あなたの正体は......。そうね、なんか凄い悪魔的なヤツよ! ほら、大人しく嗅がせなさいな! 女神の私に悪魔の匂いはごまかせないわよ!」
そう言ってなおもチラチラと俺を見てくるアクアだが、どうやら正体の看破に自信が持てないようだ。
「俺だってそいつの正体には確信なんて持てないぞ。だから正解は自分で決めろよ」
「......匂いを嗅いでみても悪魔臭はしないわね。猫のクセに石鹼の匂いがするのはどういう事なの? ねえ、その魚はあげるから私にだけコッソリ正体教えなさいよ」
アクアは魚を囓るちょむすけの前に屈み込み、真面目な顔で語りかける。
「おい、あんま食事中に邪魔すると、そいつ怒る......」
「わああああああーっ! 止めて、止めて! 分かったわ、あなたの正体はそっとしておくから大事な羽衣囓らないで!」
忠告もむなしくちょむすけから攻撃され始めたアクアを見ながら、俺は変わらない日常を嚙みしめて。
「............平和だなあ」
「どこが平和なのよクソニート! 晩ご飯のおかず分けてあげるから、この子を止めて!」
1
魔王軍の幹部にしてダークプリースト、セレスディナ。
本来であれば俺みたいなニート上がりの冒険者が、逆立ちしたって勝てない相手だ。
俺は今、ウィズにその正体を暴露され、バニルに有り金を毟られた、かわいそうな幹部と共に、人気のない空き地で屈み込んでいた。
──セレナが俺に向け、人差し指と中指を閉じたり開いたりして見せた。
その意味が分からずにいるとセレナがイライラしながら言ってくる。
「煙草だよ煙草。お前、あれだけ悪名高いんだから煙草ぐらい持ってんだろ? 一本くれよ。この街に来て猫かぶってたおかげでずっと吸ってないんだよ」
「い、いや、持ってないっス」
この世界の煙草っていうとどんな煙草だ?
紙巻き煙草は流石にないんじゃないかと思うが、キセルとかそんなんだろうか。
っていうかこの女チンピラかよ。
元が引き籠もりの俺としては、この手の人種にはなぜか敬語になってしまう。
同じチンピラであるダスト達相手では平気なのになぜだろう。
俺の返事を聞いたセレナは、下を向きながらイライラと頭を搔いた。
既に今までの清楚なイメージなど欠片もない。
やがてセレナは深々とため息を吐いて。
「いまさら誤魔化してもしょうがねえな。......あたしは魔王軍幹部、謀略と諜報を担っているセレスディナ。傀儡と復讐を司る邪神、レジーナを崇拝するダークプリーストだ」
「自分とこの神様を邪神って言っちゃうんスね。宗教関係の人達は、自分の神様こそが絶対であり、他は邪教であるとか言うのかと思ってました」
その俺の言葉に、セレナがフッと顔を上げた。
その顔は先ほどまでとはうって変わり、暗く冷たい人形のような無表情を浮かべている。
見た目は美人なだけに、急にそんな顔をされるとかなり怖い。
......あれっ、さっきはウィズやバニルがいたから安心しきっていたが、よく考えると俺、現在ロクな装備もない状態で魔王の幹部と二人きり?
おい、ヤバくないかこれ。
「まあ、あたしんとこの神様は傀儡と復讐を司るんだぜ? 邪神以外の何だってんだよ」
そう言いながら、乱暴な言葉とは裏腹に清楚な笑みを浮かべてみせた。
傀儡を司る神に仕えるだけあり、正体を知ってしまった今となっては、その笑みは人形が浮かべる作り笑いのように映る。
穏やかなセリフの時なら柔らかな印象を与えていたその笑顔は、今の状況には全く似合わなかった。
目の前の幹部がその気になればいつでも俺を殺せるこの状況に、内心ではヒヤヒヤしながらも表に出す事なく平静を保つ。
「......傀儡って。ひょっとして、ターンアンデッドが効かなかった墓場のゾンビも......」
「おう、あたしあたし。ありゃゾンビじゃなくて、あたしの傀儡だ。大変だったよ、夜中に墓から一体一体、死体引きずり出してな。あれは邪神の力で操られた、ただの死体だからな。他のプリーストが手も足も出ないところをあたしが退治する。......あの手は、街の冒険者から手っ取り早く信頼を得る時によく使うんだよ」
こいつロクでもねえな。
いや、さすがは魔王の幹部と言うべきなのか。
「......それじゃさっき話してた、美少女が呪いで魔王に云々とかってのは......」
「ああ? あんなもん本気で信じてたのかよ? 魔王の敵になりそうな、実力のある冒険者にはとりあえずあの話をしておくんだよ。危険を冒して魔王退治なんて頑張らなくても、やがて時が経てば少女に掛かった呪いは解け、魔王はいなくなって平和になりますよってな。そう吹き込んどけば、大概のヤツはそれで大人しくしてくれる。誰だって自分の身は可愛いからな。危険を冒す必要のない言いわけを与えてやれば楽な方にいっちまうもんだ」
情に訴えたりとか、やり方が汚い。
魔王の正体が元美少女とか事前に言われていたら、いざ魔王と対峙した時に躊躇する者もいるだろうし。
さすが謀略担当の魔王の幹部、狡い手を使う。
ちょっとだけ信じた俺の感動を返してほしい。
「でも、何で俺にはそこまでバラすんだ? バニルとウィズのお陰で正体は見破ったが、俺にそんな手の内明かすような事するのがちょっと......」
俺の疑問に、セレナは全く笑みを絶やさないまま言ってきた。
「なに、これ以上噓を重ねて苦しくなるより、本当の事を話して取引しようと思ってな。......ここ最近のお前の言動や行動を見させて貰ったが、魔王がお前を危険視する理由がサッパリ分からねえ。......ズバリ聞くぞ? お前、働きたくないだけのただのニートだろ」
「その通りです」
俺はセレナの言葉に即答する。
「お前、人類のために命を懸けて、魔王退治をしたいとは思わないだろ?」
「もちろんです」
俺は更に即答する。
「......お前、自分の知らないところで、見知らぬ赤の他人が魔王軍に苦しめられていると聞いて、どう思う?」
「気の毒だなあと......」
小指で耳をほじりながら、俺は気のない返事を......。
「............」
全てに即答する俺を、セレナが無表情な真顔になって見つめていた。
......無表情なのだが、何だか蔑まれているような気がする。
ハッキリ言って日本に住んでいた時も、恵まれない子供達が今この時もどうのと聞いても、特に義憤に駆られる事もなければ何かしなきゃとも思わなかった。
多分、日本に住んでいた時に俺が大金持っていたとしても、地球の裏側にいる顔も知らない子供達を助けようだなんて考えなかっただろう。
だが、俺は別に鬼畜ではなく、普通の日本人だと思う。
......思う。
......思......。
「......あの、俺だけじゃなくて大概の人が同じ反応すると思うんで、その顔止めてくれませんかね」
「えっ、あ、ああすまない。似たような質問に同じ返答をしたヤツは今までにもいたけど、ここまで何の迷いも躊躇もなく即答した男は初めてで......」
表情は変わらないものの、ちょっと慌てた様子のセレナ。
「......あたしは魔王から、何人もの幹部が姿を消したこの街と、そして色んなところで名前が出てくる男を調べるよう言われたわけだが......。その結果、全ての事柄の中心人物がお前だって事が分かった。そして他にも......」
「ちょっと待ってほしい、全部俺のせいにされるのは納得いかない。俺はどっちかっていうと、いつも巻き込まれてるだけのはずだ」
「そう、そして他にも、お前のそういう性格についてもよく分かった」
セレナはそう言って、笑みを浮かべた。
「サトウカズマ。魔王軍と取引しよう」
「ほう」
セレナは地面に腰を下ろしたまま。
「実はな。誰かさんのおかげで長い間膠着状態だった魔王軍と人類との戦況が、ここ最近動きまくっていてな。多数の幹部が討ち取られた事で、そろそろ魔王城の結界が壊れそうなんだよな」
「ほほう。誰かさんってのはひょっとしなくても俺の事か」
「......そ、そうだな、お前の事だよ。なんで鼻の穴膨らませてんだよ、調子に乗んな」
セレナはそう言ってジト目を向けてくるが、そうか、俺もそこまでの男になったか。
「なるほど、魔王軍は現在かなりの大ピンチってわけだ。魔王軍幹部の結界とやらが無くなれば、戦闘集団紅魔族が連日連夜、テレポートで襲撃に来るからな」
「本音を言えば確かにヤバいさ。でもな、それはお前達人類側も同じだろ?」
......ん?
「ちょっと前まではどこからともなく、今まで名前も聞いた事がない、常識を無視した強いヤツらが現れたんだ。その度にあたし達は泣かされてきたんだがね。......それが、ウチの占い師がこの辺りから、おかしな気配を感じ取った頃からかね? 勇者気取りの変わった名前の連中がパッタリと現れなくなったのさ」
常識を無視した変わった名前の勇者気取りの連中ってのは、恐らく俺みたいに日本から送られてきたヤツらの事だろう。
それがパッタリと現れなくなったと。
..................あっ。
「......? どうした? 勝手に納得したような顔しやがって。......ど、どうした、急にオロオロしだして? ......まあいい。それで、お前さんに取引を持ち掛けたいのさ」
新手のチート持ちが来なくなった理由について、時期的にも思い切り俺が関わっている気がしてならない。
俺がアクアをこの世界に連れてきたから?
いやいや、アイツの仕事は後任の天使さんが引き継いだはず。
優秀そうな人だったし、きっとしっかり仕事をしてくれている事だろう。
この件は俺には関係ないと、自己暗示をかけ平静を装い。
「ど、どんな取引?」
「お前、声が裏返ってるぞ。本当にどうしたんだよ」
セレナは挙動のおかしい俺を気にしながらも。
「お前さ。魔王軍に入れよ」
そんな事を、まるでクラブか何かの勧誘でもするかのような気楽さで......。
「........................は?」
こいつ今なんつった。
「は? じゃねーよ。魔王軍に入れって言ったんだ。......分かるよ。お前はこっち寄りの人間だ」
おいふざけんな。
「見損なって貰っちゃ困るぞ。確かに俺はあんたが調べた通り、世間では鬼畜だのロクデナシだのニートだのロリコンだのと言われちゃいるが」
「いや、最後のロリコンってのは知らなかった」
セレナの言葉は無視し、俺は立ち上がって拳を握った。
「確かに俺は、人よりも多少はダメなところがあるかもしれない......。そう、金ならあるんだし、残る余生はいかがわしい店で一生分の予約をし、俺に好意を寄せてくれる仲間にチヤホヤされ、甘やかされながらヌルい人生送りたい。たまに無駄な浪費をしてみたり、金に物をいわせて意味もなくギルドの酒場を一日貸し切り、皆を困らせてみたいと考えている......」
「......あたしの予想以上にダメ人間だった」
俺は握った拳を振り上げると熱く語った。
「でもそんな俺にだって、小さな良心と正義の心はあるんだ。知らないとこで見知らぬ誰かが困っていても、それは知ったこっちゃない。だが、目の前で誰かが助けを求めていたら、それを無視するほどのクズでもない。......俺の力を欲しがるお前らの気持ちは分かる。分かるがしかし、俺は世話になった人達と敵対するつもりはない!」
「......いや、別にお前の力が欲しいとまでは言ってないんだけど......」
............。
「なんだよ、俺の強大な力を恐れて仲間に引き込もうとかそんなんじゃないのか?」
「違うよ。あたしは、あんたは放っておいてもいいと思うんだがね。でも、さっき言ったろ? 変わった名前の連中が急に現れなくなったって」
セレナは急に立ち上がり、俺にズイと顔を寄せた。
「この、変な名の連中はな。どうも、神々が遣わした者じゃないのかって話があるんだ」
その通りです。
......もちろん口には出さないが。
「そして、今までポコポコ湧いて出たその連中が、お前を最後にピタリと出現しなくなった。まるで神々が、もうお前一人で十分だとでも言うかのようにな。魔王のヤツはお前の事を、お伽話に出てくる伝説のなんたらとかそんな類の男だと思ってるぞ」
俺がアクアを連れて来たのと時を同じくして、なぜかチート組がこの世界に来なくなったのに合わせ、魔王の幹部討伐に俺の名前がチョコチョコ出る。
なるほど、これは誰でも俺を警戒する。
なんて嫌な勘違いだ。
「俺は魔王城でモンスターに囲まれて生きていけるほど強靭な精神力は持ってないよ。魔王さんに伝えておいてくれ、俺はそんな大層なヤツじゃないって。毎回、おたくの幹部討伐の際には運良く居合わせてただけだって。俺って幸運値だけはめちゃくちゃ高いんだよ。実際には貧弱な最弱職の冒険者なんで、俺を敵視するのはマジ怖いんで止めてくれませんかって、そう伝えておいてくれよ」
そんな俺の言葉にセレナは小さく苦笑を浮かべ。
「......だろうな。自分の目で見て確信したよ。あんたを仲間に引き込めだとか言っているのは、魔王のヤツ一人だしなあ。まあ、アイツも気にし過ぎだと思うんだがねえ。......でも良いのか? こっちに付いておいた方がお得だと思うぜ。......ああ、そうそう。お前童貞だろ。こっちに来れば欲望の赴くままに爛れた性生活が送れるぞ。ちなみに、魔族はスタイルの良い美女が多いからな」
「........................。......い、行かない。以前の俺なら心を動かされたとこだろうが、今の俺はモテ期到来中なんだ。そ、そんな甘言には踊らされない」
「なんでそんなにソワソワしてるんだよ」
さすがは魔王軍の幹部、恐るべき交渉術。
鋼の精神を持つ俺じゃなければ落ちていたとこだ。
「......まあいいさ。魔王には、あんたは取るに足りない小物だって説明しといてやるよ。これで、もうお前が目を付けられる事はなくなるだろうさ。配下の連中にも、お前らには手は出さないように手配してやる」
「ありがとうございます!」
「お、おう......。その代わり、あたしの正体はたとえあんたの仲間だろうとバラさない事。この街でこれからあたしがやる事に手出しはしない事。そして、同僚の二人......。特にウィズには、あたしが何かやろうとしてるだとか絶対にチクらない事。......それが、取引の条件だ」
俺は一瞬だけ悩んだものの。
「......くっ、しょうがない。俺の正義の心と良心が抗えと訴えかけてはいるが、ここで俺達が真正面から戦えば、街が大変な事になるしな......」
「そういうのいいから。じゃあ、取引は成立って事でいいな? あんたが話の分かる賢いヤツで良かったよ」
セレナはそう言い残し。
静かに笑みを浮かべながら、先ほどまで地べたに座っていた尻の部分を手で払い、俺を残したまま悠然と立ち去ろうと......。
「......あっ。悪いんだがよ......。............ちょっと金貸してくれないか......?」
俺は無言で、先ほど同僚に有り金を巻き上げられた魔王の幹部に金を貸してやった。
「貸し一つな」
「............ぐっ......」
──セレナと別れた帰り道。
俺は今後の事について考えを巡らせていた。
「しかし、魔王の幹部とはなあ......」
人知れず皆や人類を裏切ってしまった気もするが、これで俺の安全は保たれた。
モンスターと戦う冒険者としてこれでいいのかと思わないでもないが、そもそも俺一人が抗ったってどうにもならない。
今までの魔王の幹部討伐にしろ、俺が関わっているとはいっても、正直いって大半は皆に指示を出してるだけだ。
ベルディアに関しては、俺が頭をスティールする前にアイツを弱らせたのはアクアだし。
バニルに関してはめぐみんが爆裂魔法で片付けた。
ハンスにしても、アクアが温泉を浄化してダクネスが守り、めぐみんが爆裂魔法を放ったわけで、シルビアに到っては、むしろ俺が地下シェルターに閉じ込めたおかげでパワーアップする事態を引き起こした。
ウォルバクってお姉さんにしても、まあ大体めぐみんがケリを付けていたし......。
どれもこれも結果としてうまくいっただけで、俺一人では何も出来なかっただろう。
あの場で取引を受けたのは、断ったらそのまま戦闘になりそうだったからだ。
俺一人で真正面から魔王の幹部なんぞと戦ったなら、まあ間違いなく瞬殺される。
そんな弱っちい俺が、魔王の注目を解けたのは有り難い。
「ただいまー。帰ったぞー」
俺は、そんな事をボンヤリと考えながら屋敷のドアを開けると......。
「ふあああああ! ふわああああああ!!」
「ほらほら、もういい加減泣き止んでください。そろそろカズマが......、あっ、カズマ! お帰りなさい、丁度良いところに......」
俺は中に入らず、そっと玄関のドアを閉めた。
それが再びバンと開く。
「こらっ! そっと閉めるな、大変だったんだぞ!」
閉めたドアを開け放ったダクネスの言葉に、俺は嫌な予感がしつつも一応尋ねた。
「......で、今度は何をやらかしたんだよ?」
広間のソファーで裸足になり、体操座りをして泣くアクアは嗚咽が止まらず会話にならない。
代わりに、めぐみんがため息を吐きながら。
「......どうも、ギルドで暴れたか何かして、冒険者や職員達にギルドから締め出されたようで......。何をしたのかは知りませんが、アクアはしばらく、出入り禁止措置を受けたみたいです」
......あの後、本当にギルドの酒を水に変えたのか。
「私とめぐみんがあの女の調査を終えて屋敷に帰ると、何かの請求書を握りしめてアクアが泣きじゃくっていた」
水に変えた酒代を請求されたのか。
......調査?
「あの女って、セレナの事か? ここのところ、お前とめぐみんが朝から出掛けてたのはそんな理由か」
俺が水を向けるとダクネスは嬉々として言ってきた。
「そうだ! 聞けカズマ、あの女はおかしいぞ! あれだけの量のアンデッドを退治出来る腕だ、さぞかし名のあるプリーストだろうと、私のツテであちこちに情報を集めてもらったのだが......。セレナなんて名のプリーストは、どこの街でも噂にもなった事がないのだとか!」
ダクネスに続きめぐみんが、アクアの頭を撫でてやりながら。
「......しかもギルド職員によりますと、あの女は未だに報酬を一度も受け取ってはいないそうです。ただの一度も報酬を受け取らないというのは、いくら人の良いプリーストといっても限度があります。報酬の受け取りには冒険者カードの提示が必要です。......よもや、冒険者カードを見せられない理由でもあるのかと」
......こいつらは、普段はおかしな事ばかり言い出すクセにこんな時だけ鋭いなあ。
「その有能さをもっと普段から活かしてくれればいいのに......。それはそれとして、あれだ。あいつの事は調べるな、話は付いたから。セレナはもう、俺には近付いてこないし仲間に入れろとも言わないから」
そんな俺の言葉に。
めぐみんとダクネスは、キョトンとした顔を見合わせていた。
2
翌日。
「お前と二人きりで出掛けるのは何だか新鮮だな。しかし、一体ギルドに何の用だ? ここの酒場で食事でもするつもりか?」
俺は、ダクネスを引き連れてギルドへとやって来ていた。
めぐみんには未だ屋敷でいじけているアクアのお守りを任せている。
それにイザという事態になっても、街中で爆裂魔法は使えない。
というわけで、ダクネスについてきて貰ったのだが......。
「......お前何なのその格好」
ダクネスが鎧も着ずに、珍しくお嬢様風の服装をしていた。
動きやすそうないつものタイトスカートではなく、白を基調としたワンピースに長手袋なども着けている。
その手には武器ではなく、日傘なんて物を持っていた。
「......何なのと言われても、私を誘ったのはお前だろうに。どうせこの街の連中には、私の素性もバレているからな。もう開き直ることにした」
ダクネスが、少しだけ恥ずかしそうに俯きながら言ってくる。
「......まあいいか」
多分いきなり戦闘にはならないだろうし。
......そう、俺はセレナの行動の監視に来ていた。
正義感の強いダクネスに魔王の幹部と取引した事がバレると、色々と面倒くさそうなので内緒にしてある。
同じく、魔王の幹部だと知ったら嬉々として喧嘩を売りに行きそうなので、アクアにも内緒に。
めぐみんに関しては論外だ。
身の安全の確保のために、魔王の手先と取引。
我ながら最低だとは思うが、これでセレナまでもがこの街で討伐されたとあっては、いよいよ魔王の注目を浴びてしまう。
これは自分だけの保身じゃない。
場合によってはこの街自体が魔王に危険視される事になるだろう。
セレナは言った。
この街でやる事には、手出しするなよ、と。
その一言が気になり、なんとなく監視に来たのだが......。
「レジーナ神の名は誰も聞いた事がないでしょうが、必ず皆様にご利益がありますよ。レジーナ様のお力は本物です。様々な願いが叶いますよ?」
「本当ですか! 私にも彼氏とか出来ますか!? 馬小屋で寝るのが当たり前なので、冒険者以外の男性に告っても『馬臭いのはちょっと......』って言われるんです!」
「叶います、叶いますとも。意中の男性の髪を持って来ると良いですよ。レジーナ様のお力で、両想いになれるおまじないをかけてあげます」
「セレナさん、俺にも! 俺にもぜひ、そのおまじないを!」
「おい、順番守れよ! こっちが先だ!」
......何の騒ぎだこれは。
ギルドの中央では、すっかりセレナがギルドの顔となっていた。
色んな冒険者の相談を受けたりしながら、ずっと笑みを絶やさない。
「さあ、どんな悩み、どんな相談にもお応え致しますよ。それが、プリーストとしての務めですから......」
「......あ、あの......! 私、この街でなかなか友達が出来なくて......! 親友と一緒にこの街に戻って来たんですけれど、その子も最近忙しそうで......。と、友達が......! 一緒に晩ご飯を食べてくれるような、友達が欲しいんです! もう、一人でご飯を食べるのが寂しくて......!」
「それは偉大なるレジーナ様のお力でも、どうしようも......」
「............そ、そうですか......。すいません......」
それは、本来プリーストとはこう有るべきだとでも言うようなセレナの姿。
トボトボと帰って行くどこかの紅魔族を除いた、ほとんどの冒険者達の悩みを次々と解決していた。
「おいカズマ、どういう事だ。ひょっとして、私を誘ってギルドに来たのはあの女を......」
ダクネスがクイクイと俺の袖を引きながら、不安そうな表情で......。
「......? そうだよ、セレナの監視に来たんだよ。あいつが何するつもりかが気になってな」
「お、お前......っ! 昨日はあの女とは話が付いたと! 私達に、もうあの女の事を調べるなと言ったのはお前じゃないか! せっかく......! せ、せっかくこんな格好までしてきたのに......」
ダクネスが、俯きながら段々声のトーンを落としていく。
............。
「......お前、デートかなんかの誘いだと思ってたの?」
「ち、違......! ちちちち、違......!」
ダクネスが、分かりやすく頰を染めて慌てふためく中、俺に気付いたセレナが立ち上がると、こっちに来いと手招きした。
セレナはそのまま、酒場の隅へと移動する。
他の冒険者達は気を利かせてくれたのか、俺とセレナの傍から離れ、二人きりの状態にしてくれた。
セレナは、目を細めて張り付いたような笑みを浮かべ。
「あたしの事は誰にも話してないみたいだな。言っておくが、これはお前らのためでもあるからな? あたしは戦闘が得意なタイプじゃないが、これでも魔王の幹部さ。邪神レジーナの力は傀儡と復讐。あたしの命が絶たれると、殺した相手はおろか、その周辺にもとびきり強力な呪いが振りかかる。まあ、この街の住人の半数ぐらいは呪いにかかるんじゃないのか?」
そんな事をサラッと言った。
俺の顔が引きつるのを、セレナは表情は変えないまま面白そうに眺め。
「呪いの種類は様々で、体に障害が残るもの、石化や死なんて凶悪なヤツまで揃ってる。正体がお前以外のヤツにバレたら、あたしも戦わないわけにはいかない。その際には多くの被害が出るだろうな? それらをよく考えて、しっかり誓約を守るんだな」
この女は、なぜ俺にのみペラペラと秘密を喋ってくるんだろう。
......自分が死んだら呪いが掛かるとかハッタリじゃないのか?
先にそう言っておけば誰からも殺されないだろうと。
そんな俺の考えが顔に出たのか、セレナがスッと手を差し出した。
「ダガーか何かで刺してみろ。ああ、軽めにしておいた方がいいからな?」
......?
「何のつもりだよ。公衆の面前でそんな事出来るか、アクア相手じゃあるまいし」
俺は言いながら、ダガーの代わりにテーブルに備え付けてある爪楊枝でセレナの手を軽く突いて......。
「ッ!?」
爪楊枝でセレナの手を突いた瞬間、俺は自分の右手に痛みを感じた。
見れば、俺の右手の甲の部分に小さく血が滲んでいる。
そしてそこには、セレナの手の甲と同じような傷が。
なるほど、復讐の神の力か。
「......と、いうわけだ」
「......この街は俺の安住の地なんだよ。敵対はしないからさ、一体何するつもりなのか知らないが、この街で変な事企まないで魔王の城に帰ってくれない?」
そんな俺の言葉にも、セレナは無言で笑みを浮かべるだけだった。
ため息を吐きながらその場を離れた俺は、ダクネスが待っているテーブルへ......。
「ダクネス、待たせた......」
「お嬢様! ララティーナお嬢様、なんだよコレ! なあ、この乙女な格好は何なんだよお嬢様! 可愛いじゃねえか!」
「ララティーナちゃん、ヒラヒラが可愛い! 顔隠してないで私にもちゃんと見せてよ!」
「おいお嬢様、何赤くなってんの? ホラ、堂々と見せてみろよ!」
普段と違った格好のダクネスは、椅子に座ったまま耳まで赤くなった顔を両手で覆い隠し、フルフルと肩を震わせていた。
普段顔を合わせる冒険者達に、ここぞとばかりに思い切り冷やかされている。
「こらっ、ウチのお嬢様をいじめんな! 見世物じゃないぞ、しっし!」
俺はダクネスを囲んでいた冒険者達を追い散らしながら、セレナが何を企んでいるのかを考えていた。
3
「セレナ様のお言葉が聞けるそうだぞ! 急げ!」
「おいこっちだ、急がないとセレナ様の御尊顔が見れなくなるぞ!」
あれから数日が経った。
アクアのギルドへの出入り禁止措置は解けたのだが、街の様子は何だかおかしな事になっていた。
「こっちこっち! セレナ様のお話が始まるわ! 早く早く!」
「ね、ねえ待ってよー! どうしたの? 皆おかしいよ、セレナ様セレナ様って......。ただのプリーストでしょー?」
そこかしこで聞こえるのはセレナ様というその名前。
あの魔王の幹部は、あっという間にこの街の聖女として崇められていた。
「......ねえちょっと。この私が屋敷に封印されていた間に、一体この街に何があったの?」
「封印とか何カッコイイ言い方してんだ引き籠もり。お前が謹慎してる間に、あの女はこの街の顔になったんだよ」
久しぶりに屋敷から出て、街の様子に驚いているアクアに言ってやる。
「......どうしてだか、胡散臭いと感じる女です。まあ、私はカズマが関わるなと言うなら何もしませんし言いませんが」
めぐみんが、俺とアクアの後を付いてきながらポツリと言った。
「......まあ、行い自体は褒められるものだしな。......こんな事を言うのも何だが、なぜだか無性に気に食わないのだが。しかし私も、カズマが言うなら大人しくしていよう。何だかんだで、お前の忠告はいつだって的を射ている。私はもう、お前の言葉を無視して勝手な事はしないさ」
それに続いてダクネスまでもがそんな事を。
......なんだろう、ちょっと胸が痛い。
俺が魔王の幹部と取引して黙認していると知ったら、二人はどう思うだろうか。
蔑まれるだろうか。
ぶん殴られるだろうか。
でもあの誓約は、我が身可愛さもあるがこいつらの身の安全の事もあるのだ。
特にアクアが女神だなんて知られれば、魔王が放っておくはずがない。
そう、関わらないのが一番だ。
俺は三人を連れて、ギルドへ向かう。
「セレナ様! セレナ様!」
「セレナ様、どうか、どうか私の願いを!」
「はいはい、押さないで押さないで。どうか皆様順番に......! レジーナ様はいくらでもあなた方の願いを叶えて下さいます、もちろん対価など要りません、さあ、どうぞ」
「ありがとうございますセレナ様! 実は......」
......道中では、セレナが多くの冒険者に囲まれていた。
その姿は、あたかもアイドルか何かが熱心なファンに取り囲まれているようで。
それを見たアクアが、コソコソと俺の背中に隠れた。
どうも何度も言い負かされたのが効いてるのか、セレナに苦手意識を抱いたらしい。
セレナは俺と視線が合うと、こちらに小さな会釈をする。
と、その時だった。
「セレナ様ー! すいません、討伐の最中にコイツが怪我しまして......! かなりの重傷で......! どうか助けては貰えませんか!?」
街の入り口の方から冒険者が現れた。
二人の冒険者が、即席の担架で冒険者を運んでいる。
かなりの重傷なのか、寝かされた冒険者は視線も虚ろで荒い息を吐いていた。
そして、聞き取れるか聞き取れないかぐらいの、微かな声でボソボソと。
「......クア......、アクア......の......姉ちゃん......の......ところに......」
その微かな声は、俺だけでなくアクアにもちゃんと聞こえたらしい。
「私ならここにいるわよー! 任せなさいな、そんな傷一瞬で完治させてあげるわ!」
アクアは頼りにされた事が嬉しかったのか、嬉々としてその重傷者に駆け寄ろうと......。
──して、なぜかセレナの取り巻きの連中に遮られた。
「あっ、ちょっと何よ! あんた達邪魔よ! ゴッドブローで総入れ歯にされたいの!? 早くその人を癒さないと......」
アクアが憤る中、セレナが重傷者の傍に屈み込む。
そして......。
「『ヒール』! 『ヒール』! 『ヒール』ッ!」
セレナが何度も何度もヒールを掛けると、重傷者の傷が塞がっていく。
やがて傷を負っていた重傷者は、虚ろだった目に光を取り戻し始めた。
「......あ、ああ......。ありがとうございますセレナ様......!」
先ほどまで、治療にアクアを指名していたその冒険者は、ハラハラと涙を零しながら......。
何だこれ?
魔法で傷を癒して貰う事は冒険者にとって日常茶飯事だ。
そして、普通は傷を癒して貰うだけで、涙を零して様付けするほどでもない。
アクアなんて、冒険者の蘇生まで行っているのにこの有り様だ。
もちろん感謝はすれど、彼らだって命懸けでモンスターと戦っている。
プリーストが傷を癒すのが仕事なら、彼らは前衛で傷を負い、プリースト達の盾になるのが仕事のはずだ。
その関係は対等なもの。
プリーストだけではモンスター退治なんて出来ないし、逆にパーティーにプリーストがいるかいないかで、冒険者達の生存率は大きく変わる。
だから、セレナはプリーストとして普通に仕事をしただけだ。
もちろん、それに感謝するのは当たり前の事ではある。
あるのだが......。
と、傷があらかた塞がったその冒険者に、アクアがチョロチョロと近付き手をかざした。
見れば、傷が塞がったとはいえ未だあちこちに小さな傷が残っている。
セレナの力では、完治とまではいかなかったのだろう。
アクアがそれを癒そうとした、その時だった。
ペシッ、と。
アクアのかざした手が払われた。
それも、重傷を負っていた冒険者自らの手によって。
「えっ......」
アクアが驚いて小さな声を上げる中。
「俺はセレナ様に癒して貰いたい。余計な事はせず、放っておいてくれ」
男は、アクアにキッパリとそう告げた。
4
肩を落としたアクアがトボトボと帰ってくる。
その寂しげな姿を見ながら、俺は何だか胸の辺りがモヤモヤしていた。
今の状況に違和感を覚える。
ダクネスとめぐみんは、複雑そうな表情でセレナと取り巻きを眺めていた。
ニコニコと、張り付いたようなセレナの笑顔。
なぜ弱い連中しかいない駆け出しの街アクセルで、魔王の幹部がこんな事をしているのか。
そして、一体何を企んでいるのか。
もっと分かり易い悪事でも企んでくれれば対処のしようもあるはずなのに。
本来であればいつもの俺みたいに見て見ぬ振りをすればいいのだろう。
でも、何だか酷く胸の辺りがモヤモヤするのだ。
歯がゆいというか、イライラするというか......。
セレナを取り囲む連中は、何だか操られているかのように、ポッと出のプリーストに夢中になっている。
レジーナって神様は、傀儡と復讐を司ると言っていた。
......ただの予想でしかないが、傀儡の力で操っているとか?
俺が頭を悩ませていると、傍にやって来たアクアが、セレナ達の方を羨ましそうに、そして寂しげに振り返った。
俺達がこの街に住み着いてから結構な時間が経った。
当初はトラブルメーカー扱いを受けていたアクアも、今ではギルドのマスコット的な存在になっている。
暇になるとギルドにやって来ては顔馴染みの冒険者達と飲んだくれていたのだが、最近ではその連中が構ってくれないのが寂しいらしい。
......目を離せば問題ばかり起こし、俺に後始末を押し付けてくる、手の掛かる女神。
ちっとも言う事を聞かず、やるなと言った事ばかりやる、芸人みたいな体質の女神。
可愛げの欠片もなければ神聖性が皆無の、名ばかりの女神。
俺をこの世界に送り、苦労ばかりの生活を強いられるキッカケにもなった女神。
日頃イライラさせられる事が多く、そして、この世界において一番長い付き合いの──
............ああ畜生!
いつもと違う、テンションの低いアクアを見ていると、胸の辺りがモヤモヤする!
俺はコイツに対してだけは異性としての感情を持っていない。
そして、いつもコイツが酷い目に遭っていても、自業自得だと思い、大して気にもしないしこんな気持ちにもならなかった。
じゃあ、今のこのモヤモヤはなんなのだろうか。
......くそ、もういっそ、取引なんて無視してこっちから仕掛けてしまおうか?
でも相手は魔王の命令でここを調べに来た幹部。
このまま無事に帰って貰わないと、本格的に俺が魔王軍に狙われる。
ハッキリ言って強面のチンピラに絡まれたってビビる俺だ。
それが、魔王に睨まれるだとか......!
──と、その時だった。
葛藤する俺の肩が、ポンと叩かれた。
「......カズマ。今がどういう状況で、一体何を悩んでいるのかは知りませんが、皆の事を思って決めた事なのでしょう? ならそれでいいじゃないですか。あなたが選択した事は、最後にはいつだってうまくいきました」
肩を叩いてきたのは、胸のモヤモヤが収まるどころか、ますますそれを加速させる事を言うめぐみんだった。
「......そうだな。あの女には関わるなとの発言は、お前が色々と考えた上での事だろう。だから......。後悔だけはしないように。お前の好きにやればいい」
セレナの正体を知っている俺からすれば、もう煽っているとしか受け取れないダクネスの言葉。
かといって、セレナは復讐の力を持っている。
あいつは倒されると周囲に呪いを振り撒くらしいが、ひょっとしたらアクアが何とか出来ないものか?
いやいや短絡的になるな、やってみてダメでしたじゃ済まされない、危険な賭けには出られない。
一応相手は人間だし、不意討ちでバインドを食らわせ、簀巻きにしてダンジョンにでも捨てて来るか?
いや、仮にも魔王の幹部でしかもダークプリーストなのだ、アクアが以前やったように不意討ちでバインドを食らわせても速攻で解除されるかもしれない。
......ああもう、相談相手もいないしどうしたら!
約束破ってウィズやバニルに相談しようか?
でも、それを知ったセレナが街に呪いを振り撒いたら......!
──と、そんな俺の葛藤をよそに、セレナが笑みを湛えたままこちらへと近付いて来た。
それを見たアクアがビクリとして俺の背後に身を隠す。
取り巻きを引き連れたまま、セレナが俺の隣を通り過ぎようとした、その時だった。
セレナは通り過ぎざまに足を止め。
そして、俺だけに聞こえる小さな声で。
「取引は覚えているな? もし約束を破ったら、お前のせいでこの街に災厄が降りかかると思いな。......でも」
セレナはクスリと小さく嗤うと。
「なんだか随分と苦しそうな顔をしてるなあ。......ああ、お前には取引の他に、金を貸してもらった借りがあったな。......バニルやウィズには頼らず、そして誰にもあたしの正体をバラさず、お前一人だけが邪魔をするっていうのなら。街を人質にはとらずに、魔王軍の幹部として堂々と相手してやるよ。......だが、お前はこっち寄りの人間だ。小心者で現実的で、計算が出来る人間だ。そんな愚かな真似はしないって信じてるぜ?」
セレナはそう呟くと。
「これで、借りは無しだからな」
まるで念を押すかのように言い残し、笑みを浮かべて通り過ぎた。
ああ、本当に胸糞悪い。
俺は別に正義の味方でもないし、もちろん自分の身が一番可愛い。
それでも何だかんだでこの街の連中に愛着がある。
......いや待て、よく考えろ、短絡的になるな。
ここで余計な事をすれば、場合によっちゃこの街自体がピンチになる。
いやでも、既にこの街は今ピンチなんじゃないのか?
俺一人にしか正体を教えないってとこが一番いやらしい。
ああ畜生、一体なんで......!
なんで、俺一人が街の命運を背負って、こんなに悩まなきゃいけないのか......!
──と、拳を握って動かなくなった俺の右腕に、めぐみんがそっと手を置いた。
ジッとこちらを見つめたまま、何か言ってくるのかと思われたのだが......。
「......な、なんでしょう」
「..................」
俺が尋ねるも、めぐみんは無言で俺を見つめていた。
と、左腕にも何かが触れる感触が。
「............お前まで何だよ」
「..................」
見れば、ダクネスも俺の左腕に手を置いている。
「なんだよ二人とも、言いたい事があるなら言ってくれよ」
......いや、もう長い付き合いだ、俺が何かを隠している事は分かっているのだろう。
それを言えない事情があるのも察してくれているのかも知れない。
......やっちまおうか。
思えば過去にもたくさんの大物達とやり合ってきた。
でも、それらは何らかの事情があったり、巻き込まれたりしただけだった。
だが今回は自分から、それもたった一人で魔王の幹部に喧嘩を売る。
いつもなら皆がいたし、万が一の事があってもアクアという保険がいた。
だがたった一人で勝負を挑み人知れず殺されれば......。
それを考えると腰が引けてくるし、こんなのはいつもの俺らしくもない。
そうだよ、最弱職の俺がたった一人で魔王の幹部に喧嘩を売るだとか、一時の感情でこんな危ない橋を渡っていいのか?
そうだ、今だけ目を瞑っていれば、大金を持ったまま変わらぬ暮らしが送れるんだ。
──でも、あと一つだけ。
もしもあと何か一つだけ、俺が吹っ切れられるためのキッカケがあったなら......。
......と。
「......何だよお前まで。いい加減、何か言ってくれよ......」
俺は、服の背中の部分を摑んでくるアクアに言った。
こいつら、三人とも無言で訴えかけてくるのは止めて欲し......。
「カズマさん、カズマさん」
アクアは他の二人とは違い、小さな声で。
俺が後ろを振り向くと、普段はテンション高く、落ち込むなんて言葉を知らないアクアが。
あの、物事を深く考えもせず、悩みとは無縁そうなムードメーカーが。
先ほど冒険者に手を払われたのがよほど応えていたのだろう。
珍しく落ち込んだ様子で、上目遣いで不安気に。
泣きそうな声で言ってきた──
「......私、この街にいらない女神ですか?」
..................。
「おい、放せ」
腕や服を摑む三人に、静かに告げる。
「あ......」
アクアはよほど落ち込んでいるのか、ぶっきらぼうな俺の物言いに、いつもみたいな文句も言わず、素直に服を手放した。
そして、捨てられた子犬みたいな顔をしているアクアに背を向けて。
「支援魔法のいいのを頼む。筋力強化と、速度が速くなるヤツな」
その言葉に疑問も浮かべなければ何も言わず、アクアは素直に魔法を掛けてきた。
俺は既に三人の顔を見ていない。
視線の先には遠ざかっていく敵の背中があるのみだ。
だから、三人が今どんな表情をしているのかも分からない。
「おいアクア」
「......? なに?」
俺は去って行くセレナから視線を逸らさず、背中にいるアクアに向けて。
「今から俺、かなりのダメージを受けて気を失うと思うから治療を頼む。あと、ダクネスは気を失った俺を警察署に連行してくれ。めぐみんは、セレナの取り巻き連中が騒ぐだろうから、それを脅......、なだめる役目を頼む」
「な、何? おいカズマ、一体何を言っている!?」
「ちょっ、カズマ? 何をする気ですか!?」
俺は三人に告げるとその場に屈み、クラウチングスタートの姿勢に入った。
視線の先にはこちらに背を向け、悠然と去っていくセレナの姿。
「ねえカズマさん、何するの? 私、何だか嫌な予感がするんですけど......」
そんなアクアの声を聞きながら。
「お、おいカズマ! 待て、いきなり何をする気だお前......! 私は好きにやればいいとは言ったが、あの女は怪しいというだけで、まだ犯罪行為をしたわけではないのだし、手荒な真似は......!」
ダクネスの慌てる声を背中に受けて、支援魔法で強化された俺はセレナに向かって駆け出した。
「カ、カズマ、何をする気かは知りませんが、今のあなたはカッコイイですよ! 紅魔族的に、なんだかとってもワクワクします!!」
俺の名は佐藤和真。
真の男女平等の名の下に、女の顔面にドロップキックだって放てる男。
「めぐみん、煽るな! カズマ、ちょっ、待っ......!」
俺は仲間達の声を背に受けて、思い切り助走を付けたまま、セレナに向かって駆け寄ると......。
「今日はお互い寝るとしようぜ! お前の妨害に、明日から本気出すわ!」
驚き振り向いたセレナの顔に、俺は助走を付けたドロップキックを叩き込んだ。
1
薄暗い部屋の中。
「......自分がいつまでも温厚でいると思うなよ、もう一度だけ聞くぞ。......サトウ殿。あなたは先日、何の罪もないプリーストにドロップキックを食らわせたわけだが、この件において間違いないな?」
「ないです」
もう何度目かになる俺の素直な返答に、目の前の茶髪女騎士がコメカミをひくつかせながら頷いた。
「......よし。では、あなたは通りすがりのプリーストの後ろ頭が、なぜか気になって気になって仕方がなくなり、発作的にドロップキックを食らわせたくてしょうがなくなった。だが、その気配に気付いたプリーストが振り向いたため、あなたは彼女の顔面にドロップキックを食らわせてしまったと。つまり、ムシャクシャしてやった。こういう事か」
「そういう事です」
パキンという音と共に女騎士の握っていたペンがへし折れた。
「............そのプリーストは、私が先日、ダスティネス卿の命により身辺調査を頼まれていた相手なのだが、その事は全く関係ないんだな?」
「な、ないと......。思います............」
女騎士はペンの残骸を投げ捨てた。
そして、バンと目の前の机を叩くと......!
「貴様、自分を無能な大馬鹿者だとでも思っているのか! あのプリーストについては我々も色々と調べているのだ、そんな言いわけが本気で通じるとでも思っているのか!」
「や、止めろお! 暴力による違法な取り調べだ! 金ならあるんだ、弁護士だ! 弁護士を呼べえ!」
机越しに俺の胸ぐらを摑んでくる女騎士。
その手から逃れようとするが、いかんせん今の俺は両手を鎖で拘束されていた。
逃げようとしたところを手に繫がれた鎖に引っ張られ、あえなく女騎士に首根っこを摑まれた。
「サトウ殿、自分とてアクセルの騎士の端くれだ! この警察署の監督を任されている者だ! 当然、ここ最近街がおかしな雰囲気になっている事ぐらい自分にだって分かる! あなたは何かを知っているな? 悪名高いあなたとはいえ、何の意味もなく女性に蹴りをくれる男ではないはずだ! 度々この街に貢献しているあなたの功績から考えてみるに、何かある! さあ言え! 何を隠している! そして、この街に何が起こっている!」
「お、俺は何も知らない! や、止めろお、お前ダクネスの家より格下の騎士だろ! チクるぞ! 取り調べの際に、あんたからとても口に出せないセクハラされたって、ダクネスにチクってやるからな!」
「お、おい、捏造するな! 大体、ダスティネス卿は公正で知られる方だ。あなたが同じパーティーなのは知っているが、あの方はそんな事を言われたぐらいで不当に権力を行使したりはしない。残念だったな! 待っていろ、今噓を感知する魔道具を持ってきてやる!」
堂々と宣言しながら、俺を上から押さえ込み勝ち誇った笑みを浮かべる女騎士。
く、悔しいっ!
「し、失礼します!」
そんな折ドアの外から声がした。
女騎士は俺から視線を外さずに。
「なんだ、自分は今忙しい。先ほどから屁理屈ばかりコネるこの男を......!」
「その......。ダスティネス卿がお見えなのですが......」
「!?」
おずおずと掛けられたその言葉に、女騎士が手を離した。
──ここは街の警察署内にある取調室。
大衆の面前で蹴りをくれてやった俺は、気が付くとここに勾留されていた。
セレナへの攻撃はやはり全て跳ね返ってくるらしい。
ドロップキックを食らわした瞬間に強烈な激痛を受け気を失った俺だったが、アクアが治療してくれたのか今は痛みも傷もない。
そして現在。
先ほどから、警察署長を務めているらしい女騎士から、直々に事情聴取を受けていたわけなのだが......。
「ダスティネス卿がどうしてここへ? 何か隠しているこの男から聴取が終わり次第、そちらに顔を出す。サトウ殿は曲がりなりにもかなり功績のある冒険者だ。留置場内での短めの勾留措置だけで済むだろう。ダスティネス卿には、詳しい事は追って報告すると伝えてくれ」
女騎士が、取調室のドアに顔も向けずにそう告げた。
マズイなあ......。
俺としてはセレナの事を喋れない。
頭の硬そうなこの女騎士やダクネスには、特に言うわけにはいかない。
ダクネスに頼んでここから出してもらうつもりでいたのだが、不正を嫌うアイツの事だ。
事情も話せないとあっては、流石に納得してくれないだろうなあ......。
──と、そんな事を考えていると、報告に来た男の困ったような声がした。
「そ、それが......」
「......どうした?」
男の様子に、女騎士が怪訝そうにドアの方を振り向くと、そこには......、
「ああ、すまない私だ。勝手に入らせて貰っている」
ドアがスッと開けられると、報告に来た男の後ろにはダクネスがいた。
男が一礼し立ち去る中、女騎士はダクネスの姿を見るやいなや敬礼する。
その隙を突いて俺は叫んだ。
「ララティーナ様ー!」
「こ、こらっ、ララティーナと呼ぶな! ......失礼。ええと、どうだ? この男から何か聞き出せたか?」
俺の呼び掛けに若干困った顔をしながら、ダクネスが女騎士に尋ねた。
女騎士は直立不動の姿勢のまま。
「ハッ! この男、何か知っているのは間違いないのですが、遊ぶ金欲しさにやっただの、ムシャクシャしてやった、今は反省しているだのと、聞く度に動機や言いわけがコロコロ変わり......。少々お待ちを、必ず隠している何かを吐かせてみせますので!」
その生真面目な女騎士の返事に、ダクネスが俺を真っ直ぐ見つめ。
「......カズマ。あの女の秘密は、私やめぐみん、アクアにも話せない事か?」
俺は無言でこっくり頷いた。
それを見て、ダクネスがしばらく無言になる。
「......誰かに話すとマズイ事になるのか? この件は、お前一人で解決する。そういう事か? ......答えられないなら無言のままで構わないぞ」
「..................」
俺は無言のまま、ダクネスの目をジッと見る。
するとダクネスは自分の方から目を逸らし、そして女騎士の方をチラと見て、目を泳がせながら頰を搔く。
そして、女騎士に申しわけなさそうに。
「その......。どうだろう、ここは私の顔を立ててこの男を見逃してやってはくれないか? これまでの功績、そして今回は、冒険者同士のいざこざという事でどうか一つ......」
「はっ? ......ええっと。その。......ほ、本気ですかダスティネス卿? 被害届は出ていませんから構いませんが......。しかし、そういった事に権力を使う事を嫌っていたあなたが?」
女騎士が、驚きと共に戸惑った顔で俺とダクネスを交互に見る。
やがて女騎士は驚いた表情をしながらも、俺の手に繫がれている枷の鍵をダクネスに渡した。
というか、多分俺がダクネスを見ている表情も女騎士と同じような顔だろう。
領主に身売りするような状況に陥ってすら権力の行使をしなかったクセに、とうとうこんな形で力を使いだすとか、コイツ本当に変わったなあ......。
そんな俺や女騎士の視線を気にもせず、ダクネスが。
「カズマ、何も言わなくていい。後の事はお前に任せた。だが、後始末ぐらいは私に任せろ。......その、こんな時ぐらいは私を頼れ」
「ダスティネス様ー!」
「こっ、コラッ、くっつくな! 暴れると鎖が解けない!」
頭の硬いダクネスが。
あの、規律やら人としての義務だとかに口やかましいダクネスが。
確かにここ最近は、大分清濁併せ吞むようになり頭も柔らかくなった。
とはいえ、自分を曲げてまで俺を信じて助けてくれた事に嬉しくなり、鎖をジャラつかせてしがみつくと、ダクネスは抵抗もせず、困り顔で俺の手枷の鎖を解く。
そんな俺達の様子を見ていた女騎士は、呆然とした表情のままダクネスに。
「そ、その......。ダスティネス卿、サトウ殿とはただのパーティーメンバーなだけの間柄では、ないの、です......か......?」
答えを聞くのを怖がるように、おずおずと尋ねてきた。
ダクネスは若干頰を赤らめつつも、無表情を装いながら俺の手の鎖を解いていき。
「......ただのパーティーメンバーだ。......そうだな? カズマ」
「......まあ一応」
俺の返事に、ダクネスがホッとしたような、それでいてその顔に、どこか寂しそうな翳りを見せた。
それを聞いて、女騎士も安心したように息を吐く。
「で、ですよね......。ダスティネス卿は、凛としていて自分に厳しく、自分達独り身の女騎士の、憧れのようなものです。それが、こんな悪名高い男に......。しかも、平民の男となんてあり得ないですよね......。そうですか、パーティーメンバー......」
............。
「そうです、パーティーメンバーです。一緒にお風呂に入ったり、狭い空間に閉じ籠もって二人きりで密着してみたり、トイレで下着を脱がしてやろうとしたり。あとはそうですね、ダクネスの実家に夜這いに行って押し倒したり、逆に俺がベッドに押し倒されたりも。ああ、睡眠薬入りの酒を飲まされそうになった事もありましたね。ええ、俺達はそんな程度の間柄です」
「!?」
「ちちち、ちがー!? 違うんだ、そそ、それはちが......!」
愕然とした表情で立ち尽くす女騎士と、途端に慌てふためくダクネス。
「おおおお、お二人は......!? その、アレですよね! 仲間同士ですもの、お遊びといいますか、じゃれ合っているとかそんな感じですよねダスティネス卿!」
「あわわ、そ、そうだ、そんな感じで! そんな、そんな感じなので......!」
なぜか必死な女騎士と、オロオロと言いわけするダクネス。
俺はそんな二人を見ながら手枷を付けられていた部分をさすり。
「キスはされた」
「「!?」」
女騎士が、立ち尽くしたまま赤い顔で口をパクパクさせる中。
耳まで赤くしたダクネスが俺の背中に顔を埋め、そのままズルズルと崩れ落ちていった。
──警察署から無事解放された俺は、ダクネスに愚痴られていた。
「......まったく。お前というヤツは、まったく! どうするんだ、あれでは他の貴族や騎士達に噂される。もうお前が捕まっても私は助けに行かないからな。............というか、もう絶対あそこには行けない......っ!」
「でも噓は何一つ吐いていないんですが」
未だ赤い顔をしているダクネスが、俺の言葉にキッと睨みつけてきた。
しかし若干ソワソワし、困った顔ながらも、別に怒っている様子ではない。
そこまで機嫌は悪くなさそうだと踏んで、俺はダクネスに切り出した。
「なあダクネス。頼みがあるんだ──」
2
「どうか、恥ずかしがらずにお話し下さい。さあ、どんな悩みでも遠慮なさらず......。......あら、これはこれはカズマ様」
「やあセレナ。カズマ様だなんてよそよそしい。呼び捨てで構わないさ」
冒険者ギルドの一角で、セレナが悩める冒険者に手を差し伸べていた。
そこに丁度出くわした俺は、こちらにニコニコと笑いかけてくるセレナに、こちらからも同じく笑みを浮かべた。
ダクネスには、アクアやめぐみんと共にしばらく家から出ないよう頼んでおいた。
更にはアクアに、屋敷へ念入りに結界を張るようにと。
そして、俺がしばらく帰らない事を伝えて貰った。
セレナは、先日俺に攻撃された事などなかったかのように、平然と話しかけてくる。
俺も何事もなかったかのように、笑みを浮かべたまま......。
「相変わらず迷える冒険者達の相談に乗ってやっているのか。毎日大変だな。手伝ってやろうか?」
「いえいえ、お忙しいカズマ様の手を煩わせるわけにも参りませんから。どうか、カズマ様はそのお力でモンスター退治に行かれてはどうですか?」
俺達は当たり障りのない世間話をしているだけなのだが、なぜかセレナの取り巻き冒険者達が怯えた表情を浮かべていた。
取り巻きの連中は、先日、俺がセレナにドロップキックを食らわせた際に居合わせていた者が多い。
彼らの目には、そんな事があったというのに自然に会話している俺達の姿が奇異に映ったのだろう。
やんわりと断られたにもかかわらず、取り巻きから少し離れた位置に腰を下ろした俺を、セレナが少し迷惑そうな顔でチラチラと気にしていた。
だがセレナは、やがて気を取り直したかのように。
「......失礼しました。では、どうかあなたの悩みを話しては頂けませんか?」
俺とセレナのやり取りを見守りながら大人しく待っていた冒険者に、にこやかな笑みを浮かべてみせた。
その冒険者はしばらく逡巡した後。
「あの......。俺、どんなに告白してもうまくいかなくて。いつも、異性とそこそこ仲良くなると、大概の人は『あなたってとっても良い人ね』って言ってくれるんです。言ってくれるんですけど、じゃあ俺と付き合って欲しいって言うと、やんわりと断られるっていうか......」
ありがちな話だ。
興味も無さげにテーブルの木目を数えていると、そんな俺の行動をちょっと気にしながらも、セレナが悩める冒険者へニコリと微笑み。
「良い人とは最高の褒め言葉ではありませんか。格好の良い人というのは、いずれ年と共にその魅力は衰えていきます。でも、良い人というあなたの魅力は、年を取っても決して色褪せない素敵な魅力。......そのまま良い人でいて下さい。色んな方に良い人と呼ばれるあなたは、とても魅力的だと思いますよ? 悩んだり、落ち込んだりするのはまだ早いです。あなたの事を好きだと言ってくれる方が、必ず現れますから......」
穏やかに笑みを浮かべて、当たり障りの無い助言をするセレナ。
こういった悩み事には一々邪神の力は使わないようだ。
相談していた冒険者は、暗かった表情を少しだけ輝かせ。
「は、はい......! その、毎回同じ断られ方ばかりするもので、少し落ち込んでいたんですが......。おかげで少し元気出ました! セレナ様、ありがとうござい......」
「そんなにそいつが魅力的なら、セレナが付き合ってあげればいいじゃない」
冒険者がお礼を言う寸前。
俺が無責任に放った一言に、セレナや取り巻きが固まった。
悩みを打ち明けていた冒険者が、ゆっくりと俺を見る。
その顔は、その発想は無かったとでも言いたげで、それでいてどこか不安そうな。
そんな冒険者に、俺はそっと後押ししてやる事にした。
俺だって、たまには人助けだってするのだ。
そう、鬼畜だの何だの心無い事を言われちゃいるが、目の前で困っているヤツがいれば俺だって......!
「セレナはあんたの事を魅力的だとまで言ってくれたんだぞ。ここまで向こうから積極的にアピールしてるのに、あんたが勇気を振り絞らなくてどうすんだ! お前が今まで振られてきたのは、今この時、セレナと結ばれるためだったんだよ!」
「ま、マジかよ! よ、よし......。セレナ様!」
「い、良い人なんですけどちょっと......」
まだ告白もしていなかった冒険者はセレナに先に言われ、ワッと声を上げて駆け出そうと......。
その逃げようとする冒険者の手を、俺は咄嗟に摑まえた。
「いきなり諦めてどうすんだ! 素直に言う事を真に受けるなよ、女ってのは難しいんだ、言葉の裏をちゃんと読め! お前ツンデレって言葉知らないのかよ!」
「......ツン......デレ......?」
「あ、あの......」
冒険者の説得を始めた俺を、セレナが不安そうな声を上げ、一筋の汗を垂らして見つめている。
「嫌よ嫌よも好きのうち。お前、この有名な言葉を知らないの?」
「き、聞いた事がある、その言葉! そうか、言葉の裏を......!」
「ちょっ......!」
俺に煽られた冒険者が、セレナの手をギュッと摑んだ。
「セレナ様! 俺、俺......!」
「待って下さい、ちょ、ちょっと落ち着いて......! ああっ、テメ......、カ、カズマ様......!」
セレナの声を背に受けながら。
俺は明日からの妨害活動の拠点を探すため、その場をそっと後にした。
3
俺が警察署から解放されてから数日が経つ。
とある飲食店から出てきたセレナ、そして数人の取り巻き連中が、周囲を警戒するようにキョロキョロと覗っていた。
恐らくはここ数日の何者かによる嫌がらせを警戒しての事だろう。
今では取り巻きというよりも、すっかり信者と化した冒険者の一人が、セレナへ何事かを話しかけていた。
読唇術スキルで読み取ると、『大丈夫ですセレナ様、辺りに誰もおりません』とか、そんな事を言っている。
そんな、セレナと取り巻きの姿を。
「風よし。距離よし。角度よし」
遠く離れた建物の屋上で、俺はしっかりと捉えていた。
現在の俺はといえば、弓に矢をつがえたまま千里眼スキルで遠視中。
この距離なら、こちらからは確認出来ても向こうから認識出来ないだろう。
もっとも、セレナ本人には誰から攻撃を受けたのかは分かるだろうが。
これでセレナの頭を狙っても、もれなく俺も一緒に死んでしまう。
それどころかヤツの脅しが本当ならば付近の住人に呪いが撒かれる。
視線の先、遠く離れた場所に立つセレナの手には、出てきた店で買ったと思われるカップが握られていた。
中身が何かは知らないが冷えたジュースかコーヒーか。
......おあつらえ向きだ。
矢の先は丸く削り、万一セレナに当たっても命に関わらないようにしてある。
今からやるのは暗殺じゃない。
そう、俺がここから狙うのは......。
「狙撃!」
ビュッと風を切る音と共に、手にしていた矢が放たれた。
その矢が向かう先には......!
「ッッ! あづああああああ! 熱いコーヒー飲んでんじゃねえ!」
俺は突然自分の手を襲った熱さに耐えかね、転がり回った。
千里眼でセレナを見れば、手にしていた熱々のコーヒーカップを撃ち抜かれ、手に掛かったコーヒーを熱そうにバタバタと払っている。
......クソ、これもダメか。
俺は気を取り直して立ち上がり、セレナの観察を続行した。
──この数日の嫌がらせで色々と分かった事がある。
まず、間接的な攻撃を仕掛けても自分にダメージが返ってくる事。
直接狙撃するのではなく、今みたいに俺が射貫いてこぼしたコーヒーで火傷をするとそれすらも返ってくる。
間接的な事象が大丈夫だったなら、ウィズの店で衝撃を受けると爆発するポーションでも買ってくるところなのだが......。
セレナは、自分の手を治療しながら辺りをキョロキョロ見回している。
見つかる事は無いとは思うが、念のため潜伏スキルを使い、場所も移しておくとしようか──
──次に、セレナの力について分かった事。
「あ、あの、カズマさん......? その、手伝って欲しい事があるって聞いてついて来ましたが、これってひょっとして犯罪なんじゃあ......?」
それは、やはりあの冒険者達の豹変ぶりは、セレナの力が関係しているという事。
そして、セレナの事を様付けで呼び従う連中にも、個人差がある事。
だが一つだけ共通しているのは、信者みたいになっている連中は、皆セレナに深く関わった事のある人間だけだ。
「まあ、行為自体は褒められた事じゃないけどな。......頼むよゆんゆん、この事はめぐみん達にも内緒なんだ。ゆんゆんだけが頼りなんだよ」
「やります。超やります、手伝います。友達ですもの、任せてください。いくらでも頼ってください」
頼りにされたのが嬉しいのか、鼻息荒く拳を握るゆんゆん。
現在の時刻は深夜。
俺の無茶なお願いにもかかわらず、以前ギルド内でセレナに相談していたはずのゆんゆんは、こうして拒否する事なく手伝ってくれている。
他の冒険者のように相談に行ったはずなのに、ゆんゆんだけはしゃんとしていた。
傀儡の邪神にすらハブられているのでもない限り、セレナと関わったのに平気でいるというのはなぜだろうか。
俺とゆんゆんが今いるのは、セレナが寝泊まりしている、窓一つない頑丈そうな小屋の前。
ここ最近何者かの攻撃に晒されているらしく、セレナの取り巻きの連中が、こうして窓もないしっかりした造りの小屋を用意した。
ゆんゆんを引き連れた俺は小屋の前で準備を始める。
俺が小さく合図をすると、それを受けたゆんゆんがコクリと頷き、小さな声で魔法を唱えた。
それは紅魔族が大好きな、光を屈折させる魔法。
そう、姿を見えなくする魔法である。
それを俺の周りにかけたゆんゆんは、小さな声で。
「これでいいんですか、カズマさん? 後はドア付近の音を消す、サイレントの魔法ですね? というかここ最近街の様子が変ですけど、カズマさんがやっている事に何か関係があるんですか?」
「あるある。これは一見犯罪に近い行為だが、この街をコッソリ救うための正義の行いだから安心してくれ。あ、今夜の事は他言無用で頼むよ」
「............はい」
「あっ......!」
他言無用という言葉を聞き、そもそも他言する相手がほとんどおらず、涙目になって項垂れるゆんゆん。
そんなぼっち少女を慰めながら俺も魔法の準備を始める事に。
今夜の作業は恐らく大量の魔力を消費する。
俺は事前にウィズの店で買っておいた、マナタイトと呼ばれる石を取り出した。
石が大きく純度が高いほど、値段も跳ね上がり内に秘める魔力も高い物らしいが、今回買ってきたのは中位の石を数個のみ。
この時間帯は肌寒い。
そうそう朝までに溶ける事もないだろう。
俺は小屋の前に右手をかざすと──!
──しばらく仮眠を取ったあと、先ほどの小屋の前を通ってみる。
すると............。
「ッ! ッッ! ッッッ!!」
何かを我慢するかのような切迫した小さな声と、ドンドンと扉を叩く音が聞こえてきた。
「セレナ様、今この分厚い氷を何とかします! ですので、もう少々お待ちを!」
「ああ、だから言ったんだ! こんな倉庫ではなく、ちゃんとした警備がいる宿屋を用意しようと! そうすればトイレだって付いていたのに!」
「仕方ないだろ、金がないんだ! セレナ様、トイレはもう少し我慢して下さい! おい、炎系の魔法を使える冒険者か、お湯はまだか! それか、ハンマーか何かで叩き割れないのか!」
「これ、ハンマーじゃ無理だよ! どこの捻くれたヤツがやらかしたのか、執念深く念入りに水をかけて、ドアの周りをガチガチに分厚く凍らせてやがる! ああもう、どうしたら......!」
しかし、セレナの目的が未だに見えてこない。
この駆け出し冒険者しかいない街で傀儡化した信者を増やしたところで、一体なんの意味があるのか。
ゆんゆんに姿を見えなくして貰った後、夜通しクリエイトウォーターとフリーズでせっせと凍らせ続けた小屋のドア。
俺はセレナの目的と今後の事について考えを巡らせつつ、それが溶かされるのを眺めながら、露店で買ったかき氷を頰張った。
──更に数日が経過した。
ちょっとダクネスに連絡を取ってみたが、家から出られないめぐみんが街の遥か上空に向けて毎日爆裂魔法を放ち連行され続けている事と、アクアが外に出たいと駄々をこね出した以外は特に問題もないらしい。
セレナが痺れを切らし、俺ではなく屋敷の皆に攻撃を仕掛けに行くかと心配したが、今のとこは我慢強いようだ。
俺は黙々と次の仕掛けを作りながら考えを巡らせていた。
最近はセレナが目に見えて弱ってきている。
つい先日、彼女の悪い噂を流したのが余程応えたらしい。
「こ......、ここ、こんな所にいらっしゃいましたかカズマ様......! ずずず、随分と、さ、探したぜ......、ささ、探しましたですわよ?」
俺が作業をしていると、背中から聞こえてきたのは隠し切れない強烈な怒気を孕んだ声だった。
既に言葉遣いも何だか怪しいその声に、俺は平然としながら振り向くと。
「やあセレナ、久しぶり。どうした、そんな怖い顔して。取り巻きの人達も怯えてるだろ」
俺が拠点として借りていた宿の裏庭。
普段はここで、馬小屋で寝泊まりしている冒険者達が剣の素振りをしてみたり、鎧を干したり手入れをしたりと色々やる場所なのだが、今日はあまり客がいないのか、今は俺一人で占領していた。
フレンドリーな挨拶に、セレナは口元をひくつかせながらも笑みを浮かべ。
「ええ、お久しぶりですカズマ様。......それは何をしているのですか?」
セレナが、庭で俺がいじっていた物を見て、訝しげに聞いてくる。
「ウィズ魔道具店が扱ってる、風船って知らないか? これはな、水風船って名の水を入れて膨らませるアイテムだ。今やってるのは、水の代わりに中にサラサラの糊と塗料を混ぜた物を流し込んで膨らませるって作業で......」
「おい止め......! ......何に使うつもりかは知りませんが、それを悪用なさるならわたくしにも考えがありますよ?」
言いながら、セレナが一歩後ろに下がった。
それと同時に控えていた数人の取り巻き冒険者が前に出る。
「......おい、なんの真似だよ」
「なんの真似とは何でしょうか。......というか、もう限界に近いんだよ。この連中はもうほぼ完全に傀儡と化してる。こいつらはあたしの言いなりだ。お前を殺せと命じれば、躊躇なく殺すだろうな。......いや、お前を舐めてたよ。舐めてたぜ。いやいや、本当によくもまあ、たった一人でここまでやってくれたなあ......! やってくれたよなあオイ!!」
マズイな、この辺りには今俺達しかいない。
セレナは笑みを浮かべているものの目がちっとも笑っていなかった。
しまった、ちょっぴりやり過ぎたか?
だが......、
「おい、お前が俺一人で妨害出来るならやってみろって煽ったんだろうが。堂々と受けて立つとか言ってたくせに、幹部が最弱職の俺に、多数で反撃してくるとかズル......」
「うるせえよおおおおおおおおおおおおおーっ!!」
俺の抗議がセレナの絶叫によって防がれた。
これはいけない。
「おおおお、お前よくも......っ! あたしの事をよくもまあ、面白おかしく愉快な噂流してくれたなあぁ!?」
セレナが血走った目で俺を見る。
「お、おい待てよ! 俺は約束通りお前の秘密は言っていない! なら、チンピラ冒険者に金払ってどんな噂を流そうが、別に構わないはず......」
「構わないわけ、あるかあああっ! てめえよりにもよって、あたしが男!? 男だと? 普段の口調が荒くて一人称はあたしだとか、微妙に本当の事も交ぜて流しやがって......! ふざけやがって、色んなヤツが確認に来たわ! 中には、むしろ男の方が......とか言い出すヤツまで......! どうなってんだこの街は! てめえ......、てめえ殺してやる!!」
セレナが魔法を唱えようと、目を血走らせて腕を振り上げ......!
俺は通行人のおっちゃんの姿に気が付き、声を上げた。
「おい、通行人が見てる見てる!」
「ッッ......! ......お、おはようございます、良い天気ですね」
「ああ、これはセレナさん、おはようございます、良い天気ですね!」
流石は聖女セレナ様。
どうやらその通行人とは知り合いらしい。
セレナは当たり障りのない世間話を始め、取り巻き連中はよほど傀儡化が進行しているのか、皆虚ろな目でボーッとしていた。
マズイな、魔王の幹部がマジ切れしやがった。
謀略担当とか言っていたからもっと頭脳戦になるかと思っていたが、アッサリと街中で実力行使に出てくるとは思わなかった、どうしよう。
俺一人でセレナと傀儡化した取り巻きを相手に戦う。
うん、無理だ、多分瞬殺されてしまう。
セレナは会話も終わりに入り、おっちゃんはそろそろ立ち去ろうとしている。
「では、あなたの今日一日の無事を祈って、祝福の魔法を......」
「ああ、これはどうもありがとうございます」
警察署にでも逃げるか?
いや、逃走スキルがあるとはいえ、セレナが取り巻きを支援魔法で強化すれば追い付かれる可能性がある。
と、セレナが両手を自分の胸の高さまで上げそれを組み、祈りを捧げるようなポーズを取った。
......チャンスだ!
「では、貴方様の今日一日の無事と幸運を願い、祝福を」
「『ウインド・ブレス』ッッッッ!」
セレナが通行人に魔法を掛ける寸前。
俺は、まるでセレナのスカートめくりでもするかのように手を下から上に勢いよく振り上げ、地面側から上に向けて風の魔法を発動させた。
それを受け、両手を胸の高さまで上げていたセレナは、着ていたローブを頭上まで思い切り捲り上げられる。
普段は清楚なロングスカートもこんな時には命取り。
頭の上までローブの裾が捲れ上がった事を確認し、セレナの上半身、頭から上を狙って腰に下げていたワイヤーを......!
「『バインド』ーっ!!」
「ちょっ!」
ローブの中からのくぐもった声。
そのまま捲れ上がったローブごと、バインドでセレナを拘束した。
通常ならばただの時間稼ぎ程度のこの技だが、今は......!
「セレナ様っ!?」
「セ、セレナ様が!」
「セレナ様が茶巾包みにっ!」
バインドで拘束され茶巾包みのような姿になったセレナを見て、ほとんど傀儡と化していたはずの冒険者達が一瞬だけ我に返った。
「ああ、ありがたやありがたや......! なんて神々しい清楚なケツ......!」
今までセレナと会話していた通行人が跪き、セレナの下着姿の尻を拝みだす。
「ちょっ......! 待っ......! 止めっ......!」
セレナが茶巾状態になったローブの中でもがいているが、俺が使っているのは大物用の特注ワイヤー。
幹部とはいえ一応は人間のセレナに、もがいてどうこう出来る物ではない。
「ああっ! ケッ、ケツが、ケツがああっ! セレナ様の聖なるケツが公に......!」
「ちょっ、隠せ隠せ! 囲んで隠せ! 壁になれ!」
「セレナ様が、セレナ様が実は黒下着だなんて......! 漲ってきた......!」
なぜか半分ぐらい正気に戻ってきている冒険者達が、それでもセレナの下半身を隠そうと壁になる。
セレナはアクアほどの力は無いらしく、俺のバインドを魔法で解除する事は出来ない模様。
もはや取り繕っていられる余裕がなくなったのか、セレナがローブ越しにくぐもった声で喚きだした。
「てめえサトウカズマ! 覚えてやがれ、タダで済むと思うなよ! この拘束が解けたらどうなるか......!」
どうなるのかは知らないが、怖いので対抗策を打ち出す事に。
俺は深く、深く、息を吸い。
街中に轟く大声で。
「大変だあああああああ! 聖女と名高いセレナ様が、下半身丸出しでここに居るぞーっ!!」
「やややや、止めろおおおおおおおおーっ!!」
4
「また来ましたかサトウ殿」
「また来ちゃいましたよ署長さん」
間に小さな机を挟み、俺と見つめ合う女騎士。
そう、再びの事情聴取である。
セレナの下着大公開事件の張本人として、俺はまたも警察署に勾留されていた。
流石にあの騒ぎはマズかった。
取り巻き達はセレナのローブを破る事も出来ず、気合と魔力を込めに込めた俺のバインドは、セレナを長時間茶巾にした。
俺の呼び掛けに集まった野次馬がセレナの周りに人だかりを作り、セレナの尻を肴に酒の路上販売まで始まる盛況ぶり。
騒ぎを聞きつけ、駆けつけてきた警察に、俺はまたも逮捕されたわけなのだが......。
警察署内の狭い部屋の中、女騎士がため息を吐く。
「サトウ殿。ハッキリ言おうか。迷惑だ」
「そんな事言われても、俺だって困ってるんですが」
──俺が再び捕まり、警察の職員がダクネスの下へお伺いを立てに行ったらしい。
だがダクネスいわく、もう身元引受人にはなりたくないとの事。
前回、この女騎士の前でダクネスをからかった事が災いしたようだ。
「......今回は、あのプリーストから被害届が出されている。流石にこれは、ダスティネス卿と懇意のあなたでも簡単に釈放するわけにはいかない。釈放するならばそれなりの立場の人間に保証人になってもらわないと......」
「まあそうですよね」
流石に何度もダクネスに頼るのも申しわけない。
身元を保証して貰っても、多分また捕まりそうな事を今後も続けるつもりだし。
俺の言葉に女騎士が、再び深々とため息を吐く。
そのまま机に突っ伏して、今までの真面目そうな態度とは一変し、バタバタしながら頭を搔き毟りはじめた。
「ああもう! ああもうっ! なぜまたすぐにとっ捕まるのだ! 多少手荒な事をすれば、あなたならウチの職員から逃げられただろうに!」
「おい、署長が言っちゃっていいのかそれ」
俺の言葉に女騎士がバッと顔を上げ。
「大体、あの女はなんだ? 彼女の下着を見た者は軒並み熱心な信者となってしまった。確かに彼女の素行は良い。変わり者が多いこの街において、珍しく良識ある人間だ。......だが、いくらなんでも信奉者の増えるペースがおかしい。あれか? 下着か? 下着見せてもらったから、信者になりますって言うのか? 堅物な自分でも、下着の一枚でもチラつかせればファンが出来るのか? ここの街の連中がアレなのは、職業柄自分が一番分かっているが......。ああもう、いっそ自分も......!」
............!?
「あの時の見物客がみんな信者に? パンツ見ただけでか? いや、俺だってプリーストのお姉さんがパンツ見せてくれる宗教団体ならそりゃ入りたいが......」
違和感を覚える。
サキュバスサービスで訓練されたこの街の連中が、今更セレナの下着を見たぐらいで......?
いや、良い物を見せてもらったとお礼ぐらいは言うかもしれないが、下着見ただけで信奉者とかさすがにおかしい。
......お礼。
なんだろう、引っ掛かる。
復讐の神様に仕えているってとこにも何かありそうだ。
セレナの傍にいた取り巻き達。
彼らの中には、セレナに重傷を治して貰った男がいた。
そりゃあ、あれだけの傷を治して貰えたなら信者になるのも仕方がないのかもしれない。
だが、それ以上の治療をアクアだって行ってきていたはずだ。
日頃の行いがと言われれば何も言えないが、蘇生までしたアクアの方が、もっと崇められそうなものだ。
なんだろう、後少しのところまで来ている気がする。
セレナの下へ相談に行ったが、願いを叶えてもらえなかったゆんゆんはまともでいられた。
そして、セレナが俺の手によって下着姿になり、それを拝んだ連中は軒並み信者に。
つまり......!
「サトウ殿! ぼーっとしていないでちゃんと答えて頂きたい! あの女の秘密についてだ! ほら、とっとと言わないか!」
......あっ。
「あああああああああ! んだよもおおおおおー! 後少しで考えがまとまりそうだったのに、良いところで邪魔しやがって行き遅れ騎士が!」
「ああっ、言った!! 今、言ってはいけない事を言った! 我々女騎士は好きで行き遅れているわけではないぞ、子供が出来れば任務に支障が出てしまうので、その辺をサポートしてくれる理解ある素敵な男性が現れるまで期待して......、耳を塞ぐなサトウ殿! 自分の話を聞いて欲しい! そして行き遅れ呼ばわりするなら、サトウ殿の知り合いの素敵な殿方を......!」
机を揺らしてわあわあと騒ぐ女騎士の言葉を頭から締め出して、俺は考えをまとめていく。
セレナに傀儡にされる条件としては、貸しを作るとか感謝の気持ち的な物を利用されるとか、そんなとこだろう。
では、傀儡化を解くには?
もしかしたらアクアを連れてくれば手っ取り早いのかもしれないが、アイツの正体がセレナにバレたり、万が一の事があれば詰みだ、それも出来ない。
......だがまあ、そんな事に頭を巡らせる前に。
「サトウ殿! 性格は破綻していてもいいから年収がそこそこあって、後は......。家事だな、家事が出来る旦那がいい。そして、一日一回、ちゃんと愛してるよと言ってくれる......!」
「なあ署長。ちょっとちょっと」
「......なんだ?」
何か妙な事を口走っていた女騎士は、なぜか不機嫌そうな顔をした。
「ちょっと頼みがあるんだけど。手紙を出したいんだよ、超速達で。金に糸目は付けないから、王都に居る知り合いに手紙の配達を頼みたいんだ」
5
「では、サトウ様、どうかお気をつけて! 何か困った事がありましたら、いつでも自分を頼って頂ければ!」
「あ、ああ......。ど、どうも......」
俺が手紙を出した、その翌日。
態度が豹変した女騎士の俺への敬礼は、先日ダクネスに対して行っていたものにも匹敵する、それは見事なものだった。
彼女の中では、俺はどうやら大貴族に匹敵する人間として認識されたらしい。
というのも、俺がサラサラッと書いた手紙を、王都に住んでいる二人の女性に届けてもらったのだが......。
「まさか、サトウ様がダスティネス卿だけでなく、シンフォニア家にまで繫がりをお持ちの方だったとは......。しかもあのクレア様が直筆で、絶対に絶対にサトウ様には失礼の無い対応をするようにと言及されるだなんて、こんな事は初めて聞きましたよ......」
俺はアイリスの護衛を務めていた二人の貴族、クレアとレインに手紙を送ってもらった。
二人から返事が送られてきてからというもの、女騎士の昨日までの凛とした態度はどこへやら。
手揉みしながらニコニコと、素敵な笑みを浮かべていた。
「レイン殿が、クレア様の手紙を携えて泣きながらここに駆け込んできた時は何事かと思いましたよ。サトウ様ったら、なんて女たらし! ダスティネス卿だけでなく、クレア様やレイン殿まで......!」
「いやまあその......。違うんだけどもまあいいか......」
というか、お前は誰だと言いたい。
女騎士は、俺がクレアやレインとも親しい仲だと思い込んでいるようだ。
手紙には俺が記憶を取り戻した事、そして、いずれ是非ともその件に関するお礼に行きたいと書いておいた。
後は追伸として、現在ちょっと困った状況に陥っており、二人のお墨付きでも貰えたら何かと助かりますと添えただけだ。
手紙を届けに行った職員から俺の現在の状況を聞き、クレアとレインの連名で俺の仮釈放の保証人になってくれたらしい。
「......ところで肝心のあの二人は? あいつらに一言挨拶してやりたいんだが」
「クレア様は、今日からしばらく遠く離れた隠れ別荘に休暇に行くので、王都に来ても絶対に居ませんとの事。レイン殿は、先ほどサトウ様を解放するようにと言及し、連名の保証人としての書類を置いた後、テレポートでどこかに消えてしまいましたよ」
おっと、どれだけ怖がられているのか。
俺は女騎士の案内を受けて警察署の入り口へ。
見れば、他の職員達も直立不動の敬礼でピクリとも動かずに見送り態勢でいる。
女騎士が後ろ手に腕を組み、小首を傾げながら笑みを浮かべた。
「サトウ様。これで今後は、この街で多少の事があっても見て見ぬ振りが出来ますので、どうかあのプリーストをご存分に、調査なり嫌がらせなりなんなりどうぞ!」
「あ、ああ、どうも......」
この街は大丈夫なんだろうか。
分かりやすい騎士というか貴族というか......。
「というか、ダクネスに対して憧れだとか言っていたから、もっと真面目な人だと思ってたんですが」
「あれだけの大貴族ならばどこの美形貴族の長男でも食い放題なのに、それでも独り身を貫くところが、我々独り身貴族の憧れでありカッコイイと言っているのです。......そういえば。サトウ様はこんなにも素晴らしい人脈、名声その他を持ちながら、確か屋敷までお持ちだったような。......しかも富豪と呼んでいいぐらいの財産を築き上げてはいませんでしたか?」
「......い、一応」
............。
「自分は、二十三歳独身、意外と尽くすタイプで、脱いだら凄いと評判のアロエリーナと申しま......」
「それでは! 大変お世話になりました、いずれまたお礼はさせて頂きますので!」
嫌な予感しかしない俺は、慌てて警察署を後にした。
──手厚い見送りの中警察署を出ると、その眩しさに目が眩む。
暗い留置場に慣れたせいだろうか。
目が眩んで良く見えないでいると、俺はそこに誰かが立っているのに気が付いた。
朝の日差しを受けて、眩しくも鮮烈に輝く流れる青髪。
優しげな印象を与える淡い水色の羽衣。
そこには、久しぶりに会うアクアが、穏やかで優しげな笑みで手を広げて立っていた。
まるで、久しぶりに帰ってきた仲間を迎えてくれるような。
「カズマ、お帰りなさい! お勤めご苦労様!」
屋敷に閉じ籠もっていろと言ったのに、どうして毎度毎度コイツだけは人の言う事聞けないのか。
しかし、ほんの少しだけ嬉しくもある。
事情を知らないとはいえ、現在屋敷の外は危険だと聞かされても、わざわざこうして俺の出所を出迎えてくれたのだ。
俺はアクアに、何となくホッと安心しながら近付くと......、
「これでカズマは私よりもおまわりさんにお世話になった回数が多くなっちゃったわね。もう私の事を前科者だとか言えないわね! ねえ、どんな気持ち? 以前私が屋敷を占領した時、おまわりさんを呼んでくれたカズマさん。その後、前科者だとか散々からかってくれたカズマさん。どんな気持ち? 今どんな気持ちなの?」
............。
こんのアマー!
「お前、ひょっとしてそんなしょうもない事言うためだけにここで待ってたのか! お前ふざけんなよ、そもそもなんで俺が何度も警察の厄介になってると思ってやがる! 大体、俺のは街を守るための正義の逮捕だぞ! お前のしょっぱい犯罪と一緒にすんな、この犯罪女神が!」
「わあああああーっ! あんたふざけんじゃないわよバチ当たるわよクソニート! じゃあなんで、何度も何度も警察のお世話になってるのか言ってご覧なさいな! ほら言ってみて! やましい事がないなら早く言ってみて!」
ああもう、久しぶりに会ったのに引っ叩いてやりたい!
それが言えたら苦労は無いのに!
というか、あれだけ怒り狂っていたセレナの事だ、俺の出所を待って襲撃してこないとも限らない。
万が一最悪の事態に陥ったとしても、極端な話、アクアさえ無事でいてくれれば蘇生の魔法でどうにかなってしまう。
まあ、それはあくまで最後の手段なのだが。
同じプリーストだからなのか、セレナの方もアクアを敵視していた感があるし、コイツは早く帰しておいた方がいい。
俺はしっしっと手をやりながら、アクアに言った。
「ああもう、悪かったよ。あのプリーストが気に食わなくてムシャクシャしてやったんだ。他には特に理由なんてないから、お前はとっとと屋敷に帰って閉じ籠もってろ。そもそもダクネスとめぐみんはどうしたんだよ、お前のお守りを頼んどいたのに」
「あの二人は私の必殺芸、百式朧の虜になっているわ。一度発動すると、終わるのに半日を超える大演目よ。というか、もう屋敷に籠もってるのに飽きたの。閉じ籠もるのがお仕事のニートと違って、ずっと家に籠もってるなんて飽き飽きなんです。カズマばっかりズルイわよ、ここ最近外泊ばかりじゃない。私もお泊まり会に連れて行きなさいよ」
言いながら、俺の隣に立つアクア。
どうやらこのアホは、俺が今から何をする気かも知らないくせに付いて来る気満々のようだ。
その必殺芸は俺も今度見せてもらうとして、コイツはどうすればいいのだろう。
......まあ、とりあえずは腹ごしらえだ。
警察署の飯は量が少ない。
飯でも食いながら、そこでアクアの説得でも......。
と、そんな風に今後の事に頭を巡らせながら、勝手に付いて来るアクアを連れて、適当な店に入ろうと街中を歩いていると。
目の前から、今最も会いたくない集団が現れた。
......それはもちろん。
「よう、早かったなサトウカズマ。待ってたぜえ......? 今日はお仲間も一緒か? さあ、とっととケリを付けようか。今のあたしはハラワタ煮えくり返ってるんだよ!」
目を血走らせて、元の温厚そうな上っ面なんてどこかに行ったセレナと、その取り巻き達だった──
6
「カズマさーん! カズマさーん!! どういう事!? なんでみんなが追いかけてくるの!? 私、みんなに追いかけられるような事なんて......! ......少ししか心当たりないんですけど!」
「少しはあるのか、アイツらが正気に戻ったらちゃんと謝っとけ! ちくしょー! あの女、俺が警察にいる間にどれだけ信者を増やしたんだよ! 街中の連中もこんな事態だってのに見向きもしねえ!」
俺とアクアは街中を逃げ回っていた。
というか、追いかけて来る冒険者の人数は十人程度のものなのだが、街の人々はこんな騒ぎを見ても何の反応もしていない。
アクアの支援魔法で強化してもらったおかげで今のところは追い付かれずにいるものの、やがて追い詰められるのも時間の問題だろう。
......ていうか。
「あいつ、もっと頭脳派だと思ってたのに! ちょっと嫌がらせしたぐらいで短気すぎるだろ、どんどん行動が大雑把になってきてるぞ!」
以前俺を襲ってきた時は人の目を気にしていた。
今ではそういった事に頓着せず、行動にも制限が無くなってきたという事は、それだけこの街での洗脳が進んでいるのだろう。
隣を半泣きで走るアクアが叫ぶ。
「ねえー! 私、カズマの罪状はセクハラだって聞いたんですけど! 温厚だったあのプリーストがあんなに怒るだなんて、一体どんな事したの!?」
「大した事はしてねーよ! ちょっとした嫌がらせの数々の後、トイレのない家から出られないように氷で入り口固めてみたり、変な噂流してみたり、大量の人を呼んで、そいつらに小一時間くらいセレナの下着を晒しただけだ!」
「それは多分、殺されたって仕方ないと思うの!」
ちくしょー!
道中の店先に並ぶ商品をわざとひっくり返して、道に障害物として果物などをぶちまける。
俺が駆け抜けた後ろから罵声が飛ぶが、一々謝ったり弁償する時間もない。
セレナがこうして街中を堂々と追いかけてきている以上、相当数の人間が敵に回っていると考えるのが自然だろう。
もはや誰が傀儡化しているのか分からない。
なので、俺とアクアは自然と人の少ない方へと駆けて行った。
アクアは事情は分からないながらも、素直に俺の隣で逃げている。
マズイな、コイツに何かあれば蘇生自体が出来なくなる。
アクア一人で警察署に逃げ込ませるか?
それとも、このまま屋敷に......!
「おいアクア、お前この街の連中を見て何か感じないのか!? ダクネスの親父さんに呪いが掛かってた時は一発で見抜いただろ! 邪悪な力を何も感じないのか!?」
「私のくもりなきまなこによれば、この街で今一番邪悪な男が私の隣を走っているわね」
このアマー!
もうコイツを逃がすとか考えず、いっそ足を引っ掛けて転ばして、その隙に逃げてやろうかと考えていると、背後から勝ち誇った声がかけられた。
「その曲がり角の先は行き止まりだサトウカズマ! 残念だったな、道々の人の配置に気付かなかったかい? あんたは人の少ない方へと誘い込まれていたって事さ! その先には......!」
そう、この角の先は行き止まりでしかも高い壁がある。
そんな事は長くこの街で暮らしていれば、もちろん知ってる。
「おいアクア、このままじゃ追い付かれる。お前は壁に手を突いて背中を丸めろ! そうしたら、俺がお前を台にして壁を登る! そしたら壁の上からお前を引っ張り上げるって寸法だ!」
「なるほど素晴らしい考えね! じゃあカズマが壁に手を突いて! 私が先に登ってカズマを引っ張り上げるから!」
「こっ、こいつ......!」
俺の全力疾走に併走していたアクアは息も切らさず、すかさずそんな事を叫んできた。
お互いが何を考えているのかぐらい、長く一緒に居ればもちろん分かる。
俺とアクアはほぼ同時に角を曲がると......!
「はあっ......! はあっ......! や、やっと観念したのかサトウカズマ......! い、良いプリースト連れてるじゃねえか、なかなかの......、はあ......はあ......、支援魔法だ......、はあ......はあ......」
息も絶え絶えのセレナが、曲がり角を曲がってすぐの所で立ち尽くしている俺達に追い付くと、荒い息で言ってきた。
やがてセレナは気付いたらしい。
俺とアクアが、観念したから立ち止まっているわけではない事に。
セレナが、立ち止まっている俺達の視線を目で追った。
そこには......。
「へいらっしゃい! お待ちしておりましたよお客様! 本日は天気も良いので、店主と共に出張露店である!」
「あっ、いらっしゃいませ! バニルさんの言う通り、本当にこんな所にお客さんが!」
ウィズとバニルが袋小路の地面に敷物を敷いて、そこで露店を開いていた。
──もうやだ、この見通す悪魔。
7
「ねえ、これ何売ってるの? ......ってゆーか、あんた大丈夫なの? 頭から煙が出てるわよ?」
「さきほどバニルさんから、『虫コロリンを捌いたかと思えば、またへんちくりんな物を仕入れおってからに!』と叱られまして......。ですが大丈夫ですよアクア様、先ほど砂糖水を補給したのでじきに体が再生されますし、いよいよ危なくなったなら、どこかでお水でも......、あっ、アクア様、それはバニルさんの今日のオススメ商品らしいですよ!」
アクアがウィズの傍に屈み込み、その商品を物色している。
二人が場違いに和やかな会話をしている中。
「おいバニル、どういう事だ。あんた、あたしから有り金巻き上げといてまだ足りないってのか?」
「お前、この世の全ての事象を裏で操ってたりしないだろうな。というか、なんで緊張感満載で追い詰められた先で行商してんだよ。どこまで見通してたんだよコラ」
俺とセレナがバニルに対して詰め寄っていた。
散々俺を追いかけていたセレナの取り巻きは、命令でも受けたのかちょっと離れた所でジッとしている。
詰め寄る俺達にバニルが笑い、
「フハハハハハハ! まあ、そう怒るな御両人! 現在の我輩は金を稼ぐのが仕事であるため、金の匂いのする所には何処にでも現れる。なに、ちゃんとお互いが欲しがるオススメアイテムを用意してきた。どうだ、見ていくか?」
バニルはともかく、ウィズの前で戦いをおっ始めるわけにもいかず。
俺とセレナは互いに目配せをし合うと、とりあえずの休戦という事にした。
......いや、今の状況ならいっそ取引なんて無視して、ウィズにチクっちまうか?
バニルやウィズがいて女神のアクアすらいる状況なら、どうにでもなりそうな気もする。
問題は、俺と仲が良いとはいえウィズやバニルがどちらに付くかだが。
俺はウィズやバニルが、セレナとどんな関係なのかを知らないし、分かっているのは元同僚だという事ぐらいだ。
以前、魔王軍幹部のスライム、ハンスが人に手を出した際には、ウィズはめっちゃ切れていた。
あの時は魔王軍と交わされていた何らかの取り決めを、ハンスが破ったかららしいのだが......。
しかし今の状況に関しては、ウィズがどう出るのかが分からない。
なんせ名前だけとはいえ一応は今でも幹部。
まあ二人共、セレナと共にこの街を攻撃するって事だけは無いとは思うが......。
「おい、妙な考えは起こすなよ? お互い、今日のところは穏やかにいこうぜ」
そんな俺の考えを見透かしたように、セレナが耳元に顔を寄せて囁いた。
......こいつは、今までの幹部連中と違って頭が回るのが厄介だ。
「さあさあお二人さん。そんなところで内緒話などせず、我輩の商品を見てはいかんかね? 見通す力など使わなくとも、きっと二人が飛びつく事請け合いである」
胡散臭いその言葉に、俺とセレナが顔を見合わせた。
やがてバニルは一枚の紙を取り出すと。
「まずはこちら! この街でどんな事を企んでいようが、その者の邪魔をしないという我輩の誓約書......」
バニルがみなまで言い終わる事なくそれをセレナが奪い取った。
そういえばバニルは、セレナの正体はお客様の個人情報だから守るとは言ったが、邪魔をしないとは言ってない。
悪魔であるバニルは契約にはうるさそうだ。
くそっ、俺が奪っちまえばよかった......。
「なあバニル、俺の方が間違いなく高値を出せるぞ。それ、俺に売らないか?」
俺の言葉を聞いたセレナは、勝ち誇ったように。
「おいおい、こういうのは早い者勝ちだろ? ほらバニル、いくらだ?」
「七十三万飛んで三百三十エリス」
「また有り金か! ここ最近少しずつ貯めたってのに、お前いい加減にしろよ!」
セレナが怒鳴りながら、財布をバニルに投げつけた。
「毎度ありー!」
......あっ。
「おいセレナ、そういえばお前に金貸してたよな! おい、今返せ! 俺が一人で邪魔するなら幹部として堂々と受けて立つとか言ったくせに! 一対一ならともかく、約束破って人を集団で追い回すなら金返せよ! ......へへへ、そうすりゃバニルから買ったそれは返さなきゃいけなくなるよな!」
「こっ、この野郎......! 畜生、おいお前!」
俺の言葉に、セレナが取り巻きの一人を呼んだ。
ぼーっと突っ立っていたそいつは、無表情のままセレナに近付く。
「おい、金寄越せ。......ほらよ、これでいいか!」
セレナは取り巻きの一人から金を奪い、それを俺に渡してきた。
クソ、さすがにそううまくはいかないか。
......と。
「............? ......あ、あれ......? 俺、こんな所で何やって......?」
「チッ!」
金を取られた冒険者が一瞬正気を取り戻し、それを見たセレナが舌打ちした。
............ほう。
「あの、ちょっといいですか?」
セレナは穏やかな口調で正気を取り戻した冒険者に話しかける。
「おかしいな、俺は確か......。あ、はい、なんすかセレナさん。スカートの端なんて持っちゃって......。......ッ!?」
そして恥ずかしそうにしながらも、自らスカートの端をまくり、そのスカートの中身を見せつけた。
「その......。これを見てどう思います?」
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございま......す......」
セレナのスカートの中身を見て、拝み出した男。
それがやがて、表情がぼーっとしたものに戻っていく。
........................ほほう。
「ねえ見た? ちょっとあの清楚系のフリしたプリースト、今とんでもない事やらかしたわよ! とんだ痴女だわイヤラシイ!」
「セレスディナさんったら、あんなにガサツだったのに、ちょっと見ない間に大胆に......」
「なーに、セレスディナって? あんた、あのプリーストと知り合いなの?」
セレナの行動を見ていたウィズとアクアが、それを遠巻きにしてヒソヒソと囁いていた。
そんな二人を意に介さず、大人しくなった男を見ていたセレナが、俺の視線に気付いたのかチッと舌打ちしソッポを向く。
「おいバニル、これであたしの邪魔はしないんだな!? この紙はあたしとの契約って事でいいんだな?」
「うむ、契約でいいぞ。我々悪魔は契約は決して破らぬ。安心するといい。......さて小僧」
ううむ、やはりセレナに借りを作ると支配されるって事らしい。
そして、傀儡状態を解くには、セレナに別の形でもいいから受けた恩でも何でも、その借りを返す事。
そう、先ほどあの男がセレナに金を取られた時のように。
セレナが男にパンツ見せたのは、きっと俺に茶巾にされた時に一気に信者が増えたため、それで味をしめたのだろう。
確かに手っ取り早く傀儡化させるには良い手段かもしれない。
「おい小僧。次は貴様にオススメの商品があるぞ」
......あれっ、でもそう言えば。
セレナが茶巾状態になった時、偶然セレナの下着を見た、既に傀儡化していた取り巻きが一瞬正気に戻っていた。
あれはどういう事なのだろう......?
「......おい、ここ最近の外泊続きでとあるサービスを使い、屋敷の二人はおろかこの場に居る女性陣のほとんどをお楽しみ対象にした......」
「よし商品を見せてもらおうかな! 何だバニル、一体何を買って欲しいんだ! 懐暖かいから何だって買ってやるぞ!」
セレナがゴミを見るような視線を向けてくる中、俺はバニルの用意した商品を......。
「......なにこれ」
「こちらのケースに並ぶのは、ウチのポンコツ店主が昔仕入れた、役に立たないポーションシリーズだ」
役に立たないって言っちゃってるじゃん。
「たとえばコレ! ステータスアップポーション(改)。高価なステータスアップポーションの魔改造品で、通常の物よりも効果が高い」
「......で、副作用は?」
「ステータスが上がった分、対となるステータスが下がってしまう」
......対となるステータス?
「たとえば、それを飲むとどうなるんだ?」
「力のステータスが激しく増すな。その代わりに知力が下がる」
なるほど。
「知力を必要としない戦士系の職業のヤツが使えば、案外有効なのか......?」
俺がソレに興味を示すと、セレナがポーションを摘まんで考え込み。
「それって、どのぐらい知力が下がるのさ?」
「小僧のところの青髪プリースト以下になるのは間違いない」
俺はポーションを突き返した。
「それではこれなんかはどうだ? 禁断のポーションシリーズ第一弾! 経験値稼ぎに最適、飲むと生涯魔物にたかられるポーション! 毛根が死滅する代わりに魔力が跳ね上がるポーション! 魔力を全て失う代わりにレベルを跳ね上げるポーション! 異性を引き寄せるが体臭がゴブリンの臭いになるポーション! もう一度苦しい修行をやり直したいドMにオススメ、レベルリセットポーション!」
「産廃ばっかじゃねーか、いらねえよそんなもん!」
俺が思わずツッコむと、
「傀儡化を解除するポーション!」
「「ちょっ!?」」
バニルがさらりと最後にとんでもない便利アイテムを出してきた。
「おっと、興味津々のようだな! これは特殊な状態異常である『傀儡』を解除するポーションでな。本来ならばそんな特殊能力を使うモンスターなどもう生存しておらず、現在ではどこかのマイナー邪神ぐらいしか扱わない、レアな状態異常なのだが......」
「レジーナ様をマイナー邪神呼ばわりは止めろコラッ!」
憤るセレナをよそに、俺はバニルからそのポーションを受け取ると。
「これしかないのか?」
俺のその質問に、バニルがウィズの方を指さした。
そこに屈み込むアクアの前にはたくさんのポーションが置かれている。
クソ、確かに助かるは助かるが、ここまでバニルの思い通りに手玉に取られると、さすがに悔しい物がある。
敵同士とはいえ恐らくはセレナも同じ気持ちなのだろう。
セレナがそのポーションを見て、苦々しげに言ってきた。
「......あたしの邪魔はしないって契約じゃなかったのかよ?」
「フハハハハ、見通す悪魔が断言しよう! このポーションを小僧が持っていても貴様の邪魔にはならぬ! それどころか小僧がこれを持っている事を、きっと汝は深く感謝する時がくる。さあ小僧、禁断のポーションシリーズと、今くれてやった傀儡解除ポーションはサービスだ! さあ、ここからが本題である! あちらに並ぶ傀儡解除ポーション一ケースが、お値段据え置きの......!」
機嫌良さそうに大声で笑いながら、バニルがポーションの入ったケースへ再び手を向けた。
「ああっ、アクア様何するんですか。それは、今はもう使い道の無いポーションですが、バニルさんがせっせと朝から用意していた物なんですよ。瓶に指突っ込んじゃダメですよ」
「そんな事言ったってあんた、大分薄くなってきてるわよ。ちょっと水分取りなさい。使い道のないポーションなら良いじゃない。ほら、全部綺麗な水に変えてあげたからこれ頭から被んなさい」
「すいませんアクア様、ありがとうございます......。......でも、アクア様の神聖な力が少し混じっててピリピリするんですが」
「「「........................」」」
二人のやり取りを見て、思わず俺とバニル、セレナの三人が無言になる。
そんな中、散々人を手玉に取ってきたバニル一人が、ウィズとアクアを見ながら呆然と固まっていた。
「「......ブフッ!」」
「!」
本当は笑い事では無いのだが、俺はセレナと同時に吹き出した。
8
「フハハハハハハ! フハハハハハハッ! 我輩ともあろう者が抜かったわ! 貴様をとっとと始末しておくべきであったなトイレの女神よ!」
「やれるもんならやってみなさいな仮面悪魔! ウチのカズマさんに何を売り付けようとしたのか知らないけれど、思惑通りにいかなくって八つ当たりとか恥ずかしくないんですか? それで本当に大悪魔なの? 大悪魔って自称なの? 商品ダメにされちゃってどんな気持ち? ねえどんな気持ち? ちょーうけるんですけど! クスクスクス、プークスクス!」
「「............」」
「『バニル式殺人光線』!」
「『リフレクト』ー!」
──俺は大変な騒ぎになっている背後を指さし、嘆息しながらセレナに言った。
「......おい、あの二人どうするんだよ」
「......聞くなよ、どうしたら良いのか分かんないよあたしにだって。そもそも、バニルとまともに渡り合ってるあのプリーストはなんなのさ」
一応は女神です。
セレナが深々とため息を吐き、攻撃の煽りを受けたのか、焦げてるウィズを見て目を閉じた。
「唯一止められそうなウィズが真っ先にやられたんじゃ、もうどうしようもないだろ。あたしは幹部の中でも強くはないんだ。......あーあ。なーんか、バカらしくなってきた。お前と関わるとロクな事が無さそうだなー......。お前の周りにはキワモノが多すぎる。バニルと互角に渡り合っているあの女以外にも、どうせ周りや知り合いには、物騒なのがゴロゴロいるんだろ?」
否定は出来ない。
ウチの自慢の頭のおかしい子を筆頭に、紅魔の里の人達から、人類最強の義理の妹に到るまで。
俺の微妙な表情から見て取ったのか、セレナがうわあ......と、嫌そうな顔をした。
「はあ......。もういいよ、この街は諦めた。正直に言う、お前を舐めてたよ。最初から本気で当たれば良かったね」
セレナはそう言うと、深々とため息を吐いた。
そのどんよりとした視線は、未だ暴れているバニルとアクアに向けられている。
......まあ、無理もない。
こんなキワモノ連中をまともに相手なんてしていられないだろう。
「このアバズレ女神め、貴様がダメにしたポーション、全額弁償して貰おうか!」
「あははははは! なんじ、全てを思い通りに動かしているつもりで、毎度毎度最後の最後で報われない悪魔よ! 弁償なんてお断りします。使えないポーションをアクアの美味しい水に変えてあげたんだから、むしろあんたがお金払いなさいな!」
「我輩が人を呼称する時のセリフを真似るな! それは我輩のアイデンティティーであるぞ!! もう我慢ならぬ、ぶっちめて貴様の有り金巻き上げてくれるわ!」
............うん、無理もない。
まあ、丸く収まるなら俺もその方が良い。
それに、アクアの敵討ちは一応は完了してるわけだしな。
............。
......いやいや!
別にアクアがションボリしていたから蹴りくれたわけじゃない。
いつになく寂しそうだったアクアのために、魔王の幹部に喧嘩売ったわけじゃない。
あの穀潰しは関係ない、自分の胸のモヤモヤをスッキリさせるためにやった事だ。
俺は自分に何度も言い聞かせながら、セレナに言った。
「それじゃあ和解って事でいいのか? 言っとくけど本当に魔王なんぞ興味無いし、俺なんかを危険視する必要ないからな? 正直こんな平和な街で暮らしてると、魔王軍と人類が世界の命運をかけて戦争中とか言われてもピンとこなくてさ。本当に、俺としてはそっとしといてくれれば波風立てるつもりなんてないからな?」
「分かった分かった。それじゃあ、魔王にはお前もこの街も取るに足らず、何の心配もいらないって伝えとくよ。そしてあたしはこの街から素直に出てく。それでいいな?」
セレナの投げやりなその言葉に、ホッと息を吐きながら。
「よし、じゃあこれで手打ちって事で。......はあ、さっきは幹部の中じゃ強くないって言ってたけど、それでも対峙した時なんてヒヤヒヤしてたんだからな。俺みたいな最弱職に構ってないで、幹部なら幹部らしくもっと大きな謀略でも企んでいてくれよ......」
俺は思わずここ最近の、それなりに緊張感のあった日々を思い出し愚痴を零した。
セレナが、未だに視線はバニルとアクアの対決を見詰めたままで肩を竦める。
「まあ、こっちにも色々あるんだよ。それもどうでもよくなっちまったけどな。......あーあ、気が重いねぇ......。あんたはこれでいいかもしれないが、あたしはこれから魔王のヤツに報告だ」
女神と悪魔の喧嘩を呆れたように眺めながら、セレナが同じく愚痴を零す。
「仲間に引き込むか、もしくは殺す。それがあんたに対する本来の指令だったんだけどねぇ......。......ま、上手く言っておいてやるよ、あたしもあんたと関わるのはコリゴリだからね。大衆の前で晒し者にした事も忘れてやるよ。だから、あんたも色々と忘れてくれ」
「分かった分かった、じゃあこれで改めて、互いに貸し借り無しだからな?」
そんな俺の言葉を聞きながら。
セレナは神官服の懐から、キセルみたいな物と煙草を出した。
キセルの先に煙草を詰めると、とても見覚えのある物で火を点ける。
そして、ゆっくりと煙を吸い込むと......。
「──これであんたはもう、魔王軍に狙われる事もないだろ。ああ、あとついでに。あんたの仲間のめぐみんとか言ったか? アイツにも賞金が懸かってたな。それも解除しておくか?」
マジかよ、アイツいつの間にそんな事になってやがんだ。
魔王軍から賞金を懸けられてるなんて本人が聞いたら喜びそうだが......。
「それはぜひともお願いします。ていうか俺には懸けられてない? もし大金懸かってたら、それも頼むよ」
「分かった分かった、任せておけ。ちゃんと手配しといてやるよ」
セレナは面倒くさそうに煙を吐き、そして再びキセルを咥え。
「......はあ。ったく、少しは感謝しなよ?」
言いながら。
セレナはその視線は未だ俺には向けず、アクア達の戦いをぼうっと見ながら、再び煙を吸い込んだ。
「ああ、色々感謝してるよ。でも、俺はともかくこんな街で一体何企んでたんだよ。ここって、駆け出し連中の............」
............あれっ?
何だろう、この違和感。
「......言ったな?」
セレナが、未だ俺の方には目も向けず。
ふうっ、と紫煙を吐き出しながら呟いた。
......言ったなって、......俺、今何を言った?
何だ、この体の違和感......、......というか、頭がぼーっと......?
............あっ。
......や......ばい......!
「いやいや、お前、大したもんだよ。もうあたしの能力にも見当付いてんだろ? ここまで力の本質に迫ったヤツは、お前が初めてかもな」
ああ、やばい......、こ、こいつ汚ねえ......!
バニルやアクアが騒いで、こんなグダグダな流れになって油断したところで......。
「こんな駆け出しの街で何企んでたかって? よしよし、いくらでも教えてやるから感謝しなよ? 聞かれたら答えないとな。お前が聞いたんだから、これも貸しだからな?」
やばい......、やばい......!
おい止めろ、やっぱいい、これ以上言うな......!
頭ではそう考えていても、声が出ない。
というか、体の動きも自分の意思に反して酷く鈍い。
「あんた卑怯よ、さっきからウィズを盾にするのは止めなさいよ! ......ねえ、なんかウィズがいつになく透明になってきてるんですけど」
「なら貴様が破魔の魔法を放つのを止めればよい! ......やや? いかん、やり過ぎた。危険信号である、このままでは店主が無くなってしまう」
「どどど、どーするの!? ねえどーするの? 回復魔法なんて掛けたらウィズが消えちゃう!」
「そこの鞄に砂糖水が入っているので、店主に染み込ませてみるか。いつもはこれでいけるのだ。またカブトムシのごとく復活するであろう......。......多分......」
アクアとバニルは、何だか透明になってきているウィズを間に挟み騒いでいる。
と、そんな中。
──セレナがやっとこちらを向いた。
口元に、勝ち誇ったような笑みを浮かべて。
「実はな? そう遠くない内に、この街に軍が派遣される。といっても、ここは最前線から遠く離れた隅っこの街だ。街道通ってこんな所まで進軍出来ないからな。それほど多くない限られた部隊が、テレポートで転送されてくる。でもまあ、駆け出し冒険者しかいないこの街には、それでも十分過ぎる量だ」
おい止めろ、言うな。
「お前、デュークって堕天使を知ってるか? この街で行方不明になったヤツだ」
......?
ああ、確か魔王軍の幹部になるとか言って、ウィズに挑戦してやられた堕天使か。
「知ってるみたいだな。もしかして、アイツもお前にやられたのか? アイツから報告書が届いていたぞ。お前を警戒しろってな」
あの野郎、本当に余計な事を。
でも、確かにあの堕天使はそんな事を言っていたな、この街が最重要攻略拠点として選ばれるだろう、って。
つまりこの街が攻められるのは、俺のせいって事か?
いや、そんな事はどうでもいい、これ以上聞いたら本当にマズイ!
「ああ、勘違いするなよ? この街は、以前から攻撃目標にされてたのさ。幹部が何人も姿を消したり、大物賞金首が破壊されたりして注目を浴びる前からな」
止め......!
............。
「な、なんで......?」
自分の意思ではなかなか動かない、重い口を無理やり開く。
セレナの大事な秘密を教えてもらえば、それだけ傀儡化が進む。
それは分かっている。
分かっているが。
「ここが『駆け出し冒険者の街』だから。始まりの街だからさ。今は魔王の幹部とはいえ、あたしは人間。これでも昔は冒険者をやっていてね? もちろんあたしも、冒険者を志した時、最初にこの街に送ってもらったよ。誰もがここで初めてのクエストだ。ここは駆け出しの街、アクセル。この世界で最も弱いモンスターが棲息する地にわざわざ作られた、初心者冒険者の修行の街」
ゲームでいうところのスタート地点みたいなもんか。
そんな初心者の街のはずなのに、なぜか俺達はえらく苦労した覚えしかないのだが。
「じゃあ、この駆け出し冒険者の街が無くなったら? 正真正銘の駆け出しには、美味しい部類のモンスターと言われる、ゴブリンの赤錆だらけの刃物ですら危険なんだよ。ジャイアントトードなんて、人数さえ揃えば余裕なお手軽モンスターはここいらにしか棲息しない。さあ、この街が無くなったなら、駆け出し達は一体何処で鍛えればいい?」
......なるほど。
「分かるか? 養殖なんて名の謎の修行法を行う紅魔族。そんな極一部の例外を除いて、どんな名うての冒険者も最初はここから始めるんだ。そしてレベルを上げ、それに応じて他の街へと移っていく。特別な理由でもない限り、そこそこレベルが上がった連中はこの街を後にする。そうして育ったヤツらは、いずれあたし達の前に立ち塞がるんだ」
駄目だ、これ以上は聞いていられない............。
「変わった名前の連中が現れなくなった今、この街が無くなれば冒険者の供給は止まる。......魔王軍幹部の筆頭、魔王の娘がな? 近々魔王軍との最前線にある砦と王都に、大部隊での襲撃を計画してるのさ。きっと冒険者の被害は相当な物になるだろうね。......そこへ、新しい戦力が来るのを待ちながら戦っている連中が、冒険者の訓練所代わりのこの街が、滅ぼされたなんて話を聞いたら?」
......士気は当然落ちるだろう。
モンスター蔓延るこの世界で、一つの街を復興させるなんて何十年の時間が掛かるのやら............。
ああ......意識が遠く............。
「......そろそろ、あたしの話を聞くのも限界かな? この力は呪いじゃない。どんなヤツでも抗う事など出来はしないさ。あんた程の男でも絶対にね。でも安心するといい、本当に嫌な命令には激しい苦痛を伴うが抗う事も出来る。どうせあんたの事だ、大人しくあたしの傀儡に収まっているわけもないだろう? ......さあ、あんたがあたしの命令に、一体どれだけ抵抗出来るのかを楽しみにさせてもらうよ......!」
楽しそうなセレナの声。
それを聞きながら、俺はいよいよ何も考えられなくなり......。
──そして最後に、セレナの囁くような声を聞いた。
「さあ、耳を傾けるんだ......。自らの胸の底に燻る物があるだろう? それは、お前が今までに受けてきた屈辱、理不尽、不当、嘲り......。思い出せ。お前はこの街の住人に舐められてきたんだろう? 最弱職だと馬鹿にされたりしなかったか? 足を引っ張る仲間に怒りを覚えはしなかったか?」
その言葉が甘美に胸に染みていく。
「そう、どうしていつも俺が後始末ばかりするんだと......。もう我慢する事はないんだ。良心を捨てろ。常識を捨てろ。我慢を捨てろ。道徳を捨てろ。......さあ、あたしと一緒に復讐しよう。いずれこの街に仲間達が押し寄せる。あんたはその時、あたしと傀儡達と共に内側から手引きをするんだ。さあ、この街の住人へ。お前の、元仲間だった連中に復讐しよう──!」
「──ウィズ、大丈夫? ほら、私が誰か分かる?」
「......? アクア様? それとバニルさん? どうしたんです、そんな近くで私の顔を覗きこんで......?」
「うむ、前後の記憶が無いなら何があったかは特に気にしなくてもいい。無理に思い出さない方が吉と出た」
「そ、そーね! 思い出せないなら、それはきっと思い出さない方が良い事よ!」
ウィズの傍に屈み込んでいたアクアが、
「カズマー、そろそろ私達も帰るわよ。カズマが居ない間、ダクネスとめぐみんが屋敷の中を熊みたいにウロウロしてて怖かったんですけど。とっとと帰って、二人をなだめて欲しいんですけど」
そう言って、俺の方に向かって歩いて来た。
アクアは、セレナ様に若干の警戒をしつつも近付いてくると、俺を連れ帰ろうと手を......。
......俺は、伸ばされたアクアの手をひょいと躱した。
「............?」
アクアがキョトンとした顔で首を傾げて俺を見る。
そんなアクアを、セレナ様が実に楽しげに。
小さく肩を震わせて、笑いを堪えるように言った。
「この男はね......。もう、あんた達の下には帰りたくないんだとさ。あたしの仲間になったんだよ。そうだろうカズマ? その傀儡化を解くポーションも、もう必要ないだろう? さあ、そいつに言ってやんな!」
その〝セレナ様〟の言葉に、俺は。
「俺、今日からレジーナ教徒になるわ。これからはセレナ様と一緒に行動するよ。というわけで、みんなによろしく」
9
俺の前を歩くセレナ様が何やら考え込んでいた。
どうしたのだろうか、何か悩み事だろうか。
......と、セレナ様が足を止める。
そして俺を振り向き言ってきた。
「......なあ。お前、今は傀儡化してるんだよな? あたしの言う事は絶対だよな?」
そんな、不思議で当たり前な事を。
俺はセレナ様に、何を言っているんですとばかりに真面目な顔で。
「当たり前じゃないですかセレナ様。俺はセレナ様のためなら、その重そうな胸を支えるため一日ブラの代わりになれと命じられても、喜んで応じますよ」
「お、おう、そ、そうか......。でも、そんなバカな事は命じないから安心しろ。今までの傀儡はレジーナ教徒になるだなんて口走らなかったから、ちょっとな。うんまあ......気にするな......」
セレナ様が、俺の言葉にやはり首を傾げながらも歩き出した。
やがて、喜悦を堪えきれないといった感じで肩を震わせ始めたセレナ様は。
「......やっとだ」
俺にだけ聞こえるような小さな声でそう呟いた。
「分かるかカズマ! あたしがどれだけの間、この時を待ち焦がれたか! レジーナ様が紅魔族の連中に拉致られた挙げ句に封印され、あたしが力を失ってからというもの、魔王軍でどれだけ肩身の狭い思いをしたかを!」
「分かりません」
「そうか、なら黙って聞いてろ! 今から数年前、レジーナ様の封印がなぜか解かれた。それで力を取り戻せたと思ったら、あれはつい最近の事だ。ある日突然、レジーナ様から授けられる力が跳ね上がったんだ! そう、レジーナ様が、長年頑張ったあたしに加護をくれたんだよ!」
「単にレジーナ教徒がセレナ様一人になっちゃったんじゃないですかね」
「黙って聞いてろと言っただろ、良い気分なのに茶々を入れんな!」
──レジーナ教徒になると告げた後。
アクアが泣きながら何かを喚き散らしていたが、勝ち誇ったように笑うセレナ様に連れられて、俺達はその場を後にした。
ちなみに、バニルに貰った傀儡化を解除するポーションはアクアを泣き止ませるためにくれてやった。
アクアは、そのポーションが何か分かっていない様子だったが。
セレナ様の敬虔なる配下となった今、俺にはもうあんな危険な物は不要だ。
セレナ様はアクア達と別れた後、俺という優秀な手駒を手に入れたので、新しい拠点に引っ越すと言い出した。
なんと、念には念を入れて他の傀儡への支配を弱め、代わりに俺への支配を強めてくれたそうだ。
何でも支配の容量がどうとか言っていた。
一度に傀儡化出来る人数は限られているのかも知れない。
そして、その支配を強めるという事は、それ程までにこの俺の力を必要としてくれているわけだ。
俺は、上機嫌で前を歩くセレナ様に、今の内に聞いておかねばならない事を尋ねてみた。
「そういえばセレナ様。俺の傀儡化が解ける条件とかって何なんですか?」
その言葉に、セレナ様はピタリと足を止め。
「......お前、本当に傀儡化してるんだよな? なら、なぜそんな事を聞く必要がある?」
厳しい声色で、俺の方を振り向きもせずに言ってくる。
「いえ、万が一にもセレナ様の支配が解けると、この俺が困りますから。傀儡化が解けそうな物には近寄らないでおこうかと」
俺が平然とそう答えると、セレナ様が驚いたように振り向いた。
やがて、俺の顔を両手で挟み、マジマジと覗き込む。
「......お前......? ......うん、確かにレジーナ様の力をお前から強く感じる。どういうこった。アレか? 支配を強め過ぎて、洗脳が強力に作用し過ぎたのか......? 傀儡ってよりも、自分でちゃんと考えて行動するしもべみたいな......。......まあいい、あたしにとっては好都合だ。その調子で頼むぞ」
「もちろんですセレナ様」
即答する俺にセレナ様は満足そうに頷くと。
「よしよし、それじゃあ教えてやろうか、これもお前への借しになるしな。......まず、あたしから受けた借りへの代償の返還だな。これはまあ、お前は既に知っているだろう。次に、強い信仰心。......ほら、お前があたしを縛り上げてパンツを傀儡に見せた時、あいつら一瞬我に返っただろ。ああいった偶然の産物っていうか、自分が信仰している神に思わず感謝しちまうよーな幸運な出来事が起こるのは危険だな。お前がどの神を信仰しているのかは知らないが注意しろよ?」
「大丈夫です、俺が信仰するのはレジーナ様です。セレナ様と浴場で鉢合わせしてうっかりエロとかがあれば、レジーナ様に大感謝ですよ」
「そ、そうか......。いや、無理するなよ? どんな人間でも、何かを信仰しないヤツなんていない。その信仰は神に向けられなくても、悪魔崇拝者だとか邪神崇拝者だとか、何がしかを信仰するもんさ。お前はレジーナ様を信仰する前は何を信仰していたんだ?」
「いえ、無宗派です」
「はは、そうか、無宗派か。ま、言いたくなきゃ別にいいさ。仲良くやろうぜ相棒」
相棒と言って頂いた。
これはますますセレナ様のために努力しなければ。
「よし、今日の宿はここにするか。ちょっと高そうだがたまにはいいだろ。よしカズマ。金払ってこい」
「断る」
小綺麗な宿の前。
俺はセレナ様に即答した。
「......お前今なんつった?」
「お断りしますと言いました。俺が金払ったらセレナ様から受けている借りを返す事になるじゃないですか。傀儡化が解けちゃいますよ」
「あ、ああ......、そうか......。いやでも。ええー? ま、まあいいか......」
セレナ様が、何かを悩みながらも財布を出した。
そしてその中を開き......。
「あっ! しまった、そういやバニルにまた毟られたんじゃねーか! おいカズマ、今は借りとかいいから、ちょっと金出せ! 他の傀儡を何体か解放して、その分お前への支配は強めてあるんだ。金出したぐらいじゃ傀儡化が解ける事は......」
「ダメですセレナ様! その油断が命取り! 俺が知っている漫画やゲームの悪の幹部は、大概最後の詰めの部分で油断して負けるんですよ。しょうがない、ここは俺がその辺の人から金を調達してきますから」
「ま、まんが......? げえむ......? ま、まあいいか、すまないな......。......あれっ? でもそれって結局、お前に借りを返して貰うって事に......?」
何やらブツブツ言っているセレナ様をよそに、俺はたまたま宿の前でブラブラしていた冒険者に近付くと。
「すいません、ちょっといいですかね? 実は、こちらのセレナ様がお金に困ってまして宿代も支払えない状況なんです。貧相で生活能力も無いかわいそうなセレナ様に、どうか恵んでやっては頂けないですかね?」
「ええっ!?」
俺の背後ではセレナ様の驚いた声がする。
と、目の前の冒険者の男は何の疑問もなく財布を出した。
「セレナ様がお困りだって? 任せてくれ、そんな貧相なセレナ様も......。......セレナ様? 何だって俺は様付けて呼んでるんだ? ......まあいいや、ほら。ったく、プリーストが施されるってどうなんだ? セレナさん、しっかりしなよ?」
「あ......、そ、その......、どうもすいません......」
その言葉に、恥ずかしげに俯くセレナ様。
冒険者の男は幾ばくかの金を寄越すと、そのまま何処かへ消えて行った。
どうも今の男はセレナ様の信徒の一人だったらしい。
今ので傀儡化が解けたようだが問題ない。
なんせセレナ様には俺がいるのだ。
「あ......ああ......。あいつ、結構な腕利きの冒険者だったんだが......。仕方ないか、ほらカズマ、行くぞ。その金でとっとと支払い済ませて来い」
「了解です。では、その前に」
何だか疲れた様子のセレナ様。
俺は宿へ支払いに行く前に、そのセレナ様の豊かな胸をわし摑んだ。
そして、そのまま無言で揉みしだく。
「「............」」
俺は呆然としているセレナ様と見つめ合った。
やわこい胸を揉み続けながら。
と、突然俺の手がセレナ様によって振り払われる。
「おおおお、お前!? えっ、ちょっ! 何やってんの? おい、何やってんの!?」
パニックになりながら、セレナ様が人目もはばからずに大声で。
「落ち着いて下さいセレナ様。人が見てます」
「こっちのセリフだよ! そうだよ、人が見てるよ! お前いきなり何してんの!? なんでいきなりあたしの胸を揉みしだいた!?」
おかしな事を言うセレナ様。
「何言ってんですか、俺はセレナ様のために金を調達してきたんですよ? つまり、俺に対してのセレナ様の借しは弱まった。ならセレナ様から再び対価でも貰わないと、俺の傀儡化が解けてしまうわけです。でもセレナ様は金がない。なら、ここは体で払って頂かないと」
「!?!?!?!? そ、そうなのか? いや、あれっ? おかしくないか? いやだって、さっきの冒険者はあたしに対して金を施したって思ってたし......。あたしは、あんな蔑まれる目で見られて、それであの男の傀儡化も解けたわけで、あたしが自力で調達したようなもんじゃ......。......あれえー?」
俺はよく分からない事を言っているセレナ様を置いて、手にした金で部屋を取りに宿へと向かった。
「──ふう。切り札を手に入れたんだか、どうなんだか......。よく分からない状況になってきたなあ......」
セレナ様がため息を吐きながら両目を瞑り、ベッドの上へ仰向けに寝転んだ。
どうしたのだろう、何か悩み事だろうか。
お疲れのセレナ様。
ここは一つ、肩でも揉んであげようか。
「大変そうですねセレナ様。肩でもお揉みしましょうか?」
「んあ? そうか? 悪いな、じゃあ......」
セレナ様が閉じていた瞼を片方だけ開き......。
「......おい、お前なんでこの部屋にいんの?」
そんなおかしな事を言い出した。
「なんでと言われても、あの金では一人分の部屋しか取れなかったもので。ああ、俺はベッドが狭くとも文句は言いませんからお構いなく」
「構うよ! あたしが構うよ! お前、何!? なぜ当たり前の様に一緒に寝ようとしてるわけ!? あんたって、もっと女に対して奥手なもんだと思ってたよ!」
「セレナ様が、俺に対して命令したんじゃないですか。......もう我慢する事はないんだ。良心を捨てろ。常識を捨てろ。我慢を捨てろ。道徳を捨てろ......って。俺はそれに従っているだけですが。何だか生まれ変わった気分です」
「あれかああああああああー!」
セレナ様が、ベッドで起き上がり頭を抱えた。
そしてそのまま疲れたように。
「......なあ、その命令を取り消すとなると、お前に大きな借りとか出来るか?」
「セレナ様が俺の心のリミッターを色々と取っ払ってくれたお陰で、現在、随分と人生満喫してますからね。再び自制しろって言われたら、その代償はセレナ様のおっぱいぐらいじゃすまないですよ」
「うう......」
呻きながらベッドに腰掛け頭を抱えるセレナ様。
「なあ......。何であたしがお前の寝る所を用意しなきゃならないんだ? 自分の寝床ぐらい自分で確保してくれよ......。他の傀儡達は、ちゃんと自分で用意してくれたぞ?」
「俺の場合は事情が異なるじゃないですか。他の冒険者と違い、セレナ様のせいで家に帰れない状態になりました。そこはちゃんと、俺を養って頂かないと」
俺の言葉を受けて、セレナ様が。
「ぐぐ......! ま、まあでも、お前を味方に引き込めた以上、もう勝ったも同然だ。これからはせいぜいこき使ってやるからな! 明日からの働きを期待してるぞ!」
強く拳を握りしめ、自分に言い聞かせるように声を上げた。
1
○月×日
セレナ様が、俺の傀儡状態はどこかおかしいと言い出した。
まず、俺がちっとも働こうとしない事がご不満らしい。
従順なようでいて妙に反抗的だし、今のところ邪魔にしかなっていないと理不尽にも怒られた。
俺の心の内を把握するため、今日から日記を付けろと命じられる。
人の日記を読もうだなんて、それは大変な代償を貰わなければいけない。
というわけで、毎晩寝る前に、カズマ様と呼びながら俺の背中に胸を押し付ける事を対価にしてもらった。
セレナ様が、何か大切な物を失ったような顔で落ち込んでいた。
しかし、今書いているこの日記を、毎日セレナ様が読むわけか。
つまり、内容によってはセレナ様に合法的にセクハラが出来る。
漲ってきた。
これから毎晩、日記の終わりに官能小説を書いてやろうと思う。
では早速......。
○月△日
セレナ様が、官能小説を書くのは止めろと言ってきた。
そんな理不尽な要求には多大な代償を貰いますよと告げたら、畜生とか言って諦めた。
今にも泣きそうな顔のセレナ様がとても素敵だった。
今夜の官能小説は、セレナ様物でも書こうかと思う。
セレナ様が、やはりお前の傀儡状態は絶対おかしいと言っている。
こんなにペラペラ流暢に喋る事がまずあり得ないのだとか。
......まあ、それはさておき日記の続きだ。
さて、何を書くか......。
『と、これを書いている俺の背中に柔らかい物が押し付けられた。そう、裸のセレナ様が俺の背にその双丘を押し当てているのだ。「カズマ様ぁ......。あたし、もう我慢できないのお......」やれやれ......。俺は、上目遣いで甘えてくるセレナ様を抱き寄せると......』
おっと、止めて下さいセレナ様、横から人の日記覗いて暴れ出すのは。
大きな代償貰いますよ?
○月○日
セレナ様が、自分を題材にした官能小説は本当に止めてと半泣きで訴えてきた。
そんな理不尽な要求には多大な代償がと言い掛けた瞬間、殴られた。
と、殴られた際に謎現象が起きた。
俺を殴ったセレナ様が、俺が殴られた箇所と同じ部分に傷を負ったのだ。
セレナ様はどういう事だとパニックになっていたが、殴られた代償として、下着姿で頭の後ろに手を組んだ体勢で目の前でスクワットを百回ほどしてもらった。
畜生畜生とブツブツ言っていたが、涙目で汗を滴らせてスクワットするセレナ様は麗しかった。
次は目の前で腕立てしてもらおう。
△月×日
大変な事が発覚した。
以前紅魔の里で俺達が倒した、もぐにんにんとかいうアホな名前の忍者マシーンにセレナ様が関与していたというのだ。
何でも、傀儡化させて配下にしようとしたものの、さすがに強すぎて支配しきれなかったから暴走させて放置したらしい。
つまり、俺はセレナ様のせいであんな目に遭ったという事だ。
となると、これはセレナ様の俺に対する、多大な借りになってしまうのでは?
俺はセレナ様の借りを相殺すべく、とりあえずセレナ様の頭にグーを食らわした。 頭頂部を押さえてうずくまりながら、なぜ拳骨を落とされたのか理解出来ない顔のセレナ様。
その隣では、同じく頭頂部を押さえてうずくまる俺。
涙目のまま混乱するそのお姿は愛らしかった。
×月×日
セレナ様が半泣きで帰ってきた。
傀儡を増やして金を稼ごうとギルドに行くと、バニルのヤツに因縁を吹っかけられたらしい。
なんでも、相談屋は我輩の専売でありそれを続けるなら考えがあるぞと脅されたそうな。
バニルに苦手意識を持っているらしいセレナ様は、縄張り荒らしの賠償金を請求され再び文無しにされたのだとか。
おかげで今日は飯も食えないと、そんな事を半泣きになりながら訴えてくるセレナ様。
その痛々しいお姿を見ながら食べる、すき焼き鍋は大変美味です。
△月○日
めぐみんやアクア、ダクネス達が、俺の行方を探しているそうな。
そういえば、俺には自分の身を案じてくれる素敵な仲間達がいたのだ。
その事を部屋で内職していたセレナ様に告げ、俺に帰られたくなければもっと良い代償おくれと言ってみた。
セレナ様が、俺の宿代を稼ぐのにも苦労してるんだぞ、何でそんなワガママばかり言うんだと、とうとう泣きだした。
冒険者ギルドでの相談屋のバイトを失ったセレナ様が、泊まる場所のランクを落としてもいいかと言いだした。
屋敷持ちで裕福な暮らしを送っていた俺にこれ以下の宿で寝ろだとか、それ相応の代償を......と言ったらセレナ様が無言で内職を再開しだした。
腕のいいプリーストなのだから冒険者として働けばいいのにと言ったら、冒険者カードにダークプリーストという職業が出てしまうらしく、依頼を請けられないのだとか。
それもあって、今までギルドからの報酬は受け取らなかったらしい。
そして魔王軍がこの街に来るのはまだ先の話のようで、それまでこの街に滞在しなければいけないそうだ。
街の襲撃の際には、俺や他の傀儡と共に内部から手引きをするとの事。
セレナ様が、俺の晩飯である高級焼肉定食を羨ましそうに見つめている。
もちろんこれを分け与えるわけにはいかない。
そんな事をしてセレナ様に借りを返しては、俺の傀儡化が解けてしまうからだ。
そう、このままセレナ様にどんどん借りを作っていき、俺はやがて、忠実なセレナ様の右腕になってみせる。
そんなセレナ様の今日のご飯はコーンスープ一杯です。
□月○日
セレナ様と宿に暮らし始めてしばらくが経つ。
最近、セレナ様がやつれてきた。
日々贅沢三昧をする俺を養うのに色々苦労しているようだ。
でも、我慢をするなと俺のリミッターを外したのはセレナ様だ。
こればっかりは仕方がない。
傀儡と化していた冒険者達からは軒並み金を借りて傀儡化が解けてしまい、もはや忠実な部下は俺一人しかいないそうだ。
最近は、そこらの冒険者にパンツを見せて傀儡化したあと金を借りる商売を始め、警察に怒られていた。
風営法がどうたらと説教を食らい、稼いだ金を没収されたセレナ様は色々と限界に近いようだ。
俺への代償は体で払ってくれればいいですよと言ったら、『自費で泊まってくれるにはどんな事をすればいい?』と聞いてきた。
詳しく説明したら、セレナ様がおかしな事を言いだした。
俺の傀儡化を解くから、もう何処へでも行けばいい、と。
確かセレナ様は言っていた。
本当に嫌な命令には抗う事が出来ると。
激しい痛みに耐えながら全力で命令に抵抗していると、セレナ様が妙な行動を取りだした。
何だか嫌な予感がして何をしているのか尋ねると、レジーナ様に祈りを捧げ、俺の傀儡化を無理やり解いている最中だと告げてくる。
セレナ様はトチ狂ってしまわれたらしい。
俺はセレナ様の傀儡化の解除に抵抗すべく、深く信仰する神に祈りを捧げた。
偉大なるレジーナ様、我に力を与え給え......!
×月○日
宿の窓に石を投げ込まれた。
犯人は、どこかで見覚えのある金髪のアクシズ教徒のお姉さん。
どうやら、レジーナ神に仕えるセレナ様が街で布教活動をしているのが気に食わないらしい。
血相を変えて宿を飛び出していくセレナ様だが、あと一歩というところで取り逃がしたようだ。
何でも、『パンツ見せて信者を獲得する売女め!』と罵られ、あらぬ噂を流されているらしい。
奥さん連中などのそばを通るたびにセレナ様はヒソヒソと囁かれ、かなり心にきているようだ。
レジーナ様の評判を落とすだなんて何事ですかと説教したら、セレナ様が泣き崩れた。
弱りきったセレナ様が縋るような目で俺を見てきたから、その手を握って頷いた。
「慰め代は五千エリスかおっぱいです」
○月×日
セレナ様が、最近おかしな行動ばかりする。
俺に様々な命令を下そうとするのだ。
それは、まるで俺を傀儡化から解放でもするかの如く、対価を無視した無茶な命令ばかりだ。
敬虔なレジーナ信徒であり、セレナ様の優秀な下僕である俺は、当然のごとく、遠慮無くその対価を体で払ってもらう事にした。
傀儡化が解けてしまってはセレナ様が困るだろう。
俺の紳士的なセクハラに、セレナ様が何だか疲れた顔で、明日は俺を連れて行く所があると言い出した。
とうとう一線を越えてしまうつもりだろうか?
今から期待で眠れそうにない。
明日は念入りに体を洗っておくとしよう。
2
「............」
セレナ様が、俺が書いた日記から顔を上げ。
それを閉じて、ふうと小さく息を吐いた。
「今日はお前を、あのプリースト達の下へ返品しに行こうかと思ったんだが......」
「お断りします」
俺の即答を聞き、セレナ様が深々と息を吐く。
セレナ様は、最初に会った時から随分とやつれて見える。
それに比べ、俺は非常にツヤツヤしていた。
ここ数日の充実した日々のおかげだろう。
と、セレナ様が、無言で俺の手を取る。
そして、片方の手には爪楊枝。
それで......。
「ッ!?」
突然、セレナ様が俺の指の先をそれで突いた。
そこからは、当然赤い物が膨れてくる。
すると、セレナ様の指の先からも血が滲み出し、それが床へと滴った。
「......お前、本当に無宗教の人間だったのか。本当にレジーナ様の信徒になっちまったんだな!?」
と、セレナ様が青褪めた顔でそんな事を......。
何を今さら。
どうしたんだろう、俺がレジーナ教徒になると何かマズイのだろうか。
「俺はずっと言ってたじゃないですか、無宗派の人間だって。そして、レジーナ様を信仰するって」
「無宗派なんてヤツ、この世にいるか! それが神であれ邪神であれ悪魔であれ! この国の連中は必ず何か拠りどころを作るもんだ!」
「だって俺、この国の人間じゃありませんし。それに俺の国じゃ、別に珍しい事でもないんですが。特定の宗教に入ってない人なんてたくさんいましたよ」
「!?」
セレナ様が驚きの表情で言葉を詰まらす。
「ま、マジか?」
「マジですよ。ああ......、無宗派とは違うのかもしれないです。年末にはある宗派の教祖の誕生日を国民総出で盛大に祝って、その同じ月の終わりには、別の宗派の年末行事の鐘の音を聴きます。そして年が明けたら、神道って言われる宗派に従い、一年の健康を祈りに行きます」
「お前の国はプリーストに喧嘩売ってんの?」
そんな事言われても。
と、セレナ様がコメカミを押さえながら息を吐く。
「どうしたもんだか......。お前の傀儡化をどうやって解けばいいんだよ。借りを返して貰おうとしても、頑なに返そうとしない。部屋から出てけって命令してもこんな時だけ痛みに耐えて激しく抵抗。かといって、始末しようにもレジーナ様の信徒になったお前に手を出すと、復讐の呪いが......」
敬虔なレジーナ信徒の俺に、なんて物騒な事を。
「ああクソっ! どうしたらいい、どうしたら......! なあ、どうすればお前はあたしから離れてくれる?」
「セレナ様が俺に付いて来いって言ったせいで、俺はもう仲間との関係もボロボロだと思うんですよ。責任とって、このままずっと養って頂かないと困りま」
「ああああああああーっ! 聞こえない聞こえない! ......あっ、そう言えばっ! おいお前、確かバニルから禁断のポーションシリーズと一緒に、傀儡化を解除するポーションも一本だけ貰ってたよな! アレってどうしたっけ!?」
言いながら、俺に涙目で縋り付いてくるセレナ様。
アレは確か......。
「俺の仲間の、液体を真水に変えられる力を持つ、アクアってプリーストに渡してしまいまし......」
「ああああああああーっ! よりにもよって! よりにもよってっ! よりにもよって、なんでそんな力を持つヤツに!」
セレナ様が、泣きながら全力で部屋を飛び出して行った。
「どうしてこうなった......! ずっとうまくいっていたのに、何処でどう間違えてこうなった! クソッ、後少しで......! この街の冒険者の傀儡化も進み、後少しで準備も完了したってのに......! 一体何処で間違えたっ!」
半泣きで、ブツブツと愚痴をこぼしながら駆けるセレナ様。
俺はそんな彼女の後を追い。
「大丈夫ですよセレナ様。この俺がいるじゃないですか」
「お前が全ての元凶だろうがああああああー!」
前を駆けていたセレナ様が、堪えていた何かが切れた様に突然襲い掛かってきた。
「お前が......っ! お前がちっとも、あたしの言う事を聞かないくせに、ワガママばかり言うからこんな......っ! うぐぐぐぐぐ......!」
「あぐぐぐ......! セ、セレナ様、俺の首を絞めたらセレナ様も......!」
俺に摑みかかり、そのまま首を絞め始めたセレナ様は、自らも苦しそうにしながら手を離す。
「くそ......! くそ......っ! くそったれ......っ! なんでだよお......! なんで、お前はそんな簡単に宗教に入っちゃうんだよお......っ! 仕える神を決めるのは、一生涯の事なんだからよく考えて入信しろよお......っ!」
セレナ様が、俺の胸に拳を何度も叩きつけ、地面に頽れていく。
声が震え声なのは泣いているのか。
「そんな事言われても、俺の住んでたところでは色んな宗教があるもので......。そもそも、俺の国には神様が八百万はいるとか言われてまして。......なもんで、お手軽な感覚で信者になったんですよね。確かどこかに、空飛ぶスパゲティモンスター教なんてのもありましたし」
「あたし、お前の国嫌いだ......。大っ嫌いだ......」
地面に座り込み、顔を覆って声を震わせるセレナ様。
俺はそのセレナ様のスカートの裾をぴらっとめくった。
先ほど、俺の首を絞めた代償はちゃんと貰っておかないと。
「......黒好きですね」
「......ぬああああああああああーっ!」
セレナ様が涙目で立ち上がり、スカートをめくっていた俺の手を撥ね除けた。
「お前の屋敷に行くぞ! 来るなって言ってもどうせ付いてくるんだろうから、とっとと来い!」
「それは命令ですか? なら、それなりの代償を......」
「じゃあ来なくていい!」
「一人寂しく留守番しろと? 俺を退屈させるだなんてとんでもない、謝罪と代償を請求する」
「もういい喋るな、お前は喋るな! 今のお前と話してると頭がおかしくなる!」
セレナ様が、もはや人目もはばからずに叫びながら、俺の屋敷の方へ駆け出した。
ここ最近の奇行により、街の住人のセレナ様に対する目は痛々しい物になっている。
巷では、パンツを見せつけてくる痴女なんて噂すら流れているらしい。
どうしてそんな事態に陥ったのかは知らないが気の毒な事だ。
セレナ様が、もはや本性を隠そうともせずに必死の形相で街中を疾走し、やがて懐かしき我が屋敷へと辿り着く。
セレナ様は、息を整える間もなく屋敷のドアへ縋り付き。
「開けろーっ! おい、居るんだろ? 開けろーっ! お前らの大事な仲間を返品しに来たぞ、開けろおっ!」
そんな事を大声で喚きながら玄関のドアを叩き出す。
だが、しばらく待っても誰も出ない。
どうやら留守にしているようだ。
「くそったれ! こんな時に......っ! おい、行くぞ! ギルドにでも居るんじゃないのか、あいつら!」
言って、セレナ様が駆け出していく。
......俺はそんなセレナ様の後を追いながら、何となく屋敷の方を振り返った。
............。
無駄にデカく、そして今は誰も留守番がおらず、ポツンと佇むその屋敷。
それを見ていると、何だか後ろ髪を引かれるような......。
「おいっ! 何してんだ、お前が来ないと話にならねえだろうが! とっとと行くぞ......!」
セレナ様が付いてこようとしない俺を振り返り、イライラと急かしてくる。
付いて来るなと言ったり早く来いと言ったり忙しい人だ。
俺はもう一度だけ屋敷の方を振り返ると......。
............?
「おい、早く来いってんだよ! 本当に、なんでお前はちゃんと言う事聞いてくれないんだよ!」
「いやセレナ様、俺の屋敷の窓に、なんか女の子が......?」
ほんの一瞬だけ。
屋敷の、二階の窓にピタリと張り付いた金髪の女の子が見えた気がした。
あいつら、あんな女の子を屋敷に泊めるとか、そういう事はもっと早く言って欲しい、そうすれば俺だって帰る事も考えたのに。
「そんなもんどこに居るんだよ! 女の子だあ? お前いよいよ見えちゃいけない系の物が見え出したのか? ......いや、何だかこの屋敷からはゴースト臭が......? というかお前、レジーナ様の加護で簡単なプリーストの能力まで付いてるんじゃないだろうな......。いや、今はそれもどうでもいい、ほら、早く早く!」
......?
疑問に思い、もう一度屋敷を振り返る。
そこには、先ほど見た気がした金髪の女の子は見えなかった。
......何だろう、凄く気になる。
後ろ髪引かれるというか、長く一緒にいた誰かが、寂しそうに俺を見ているような......。
首を傾げていた俺はもう一度だけ屋敷を振り返ると、セレナ様の後を追って駆け出した。
3
「は? 街の外?」
「この時間帯ですし、恐らくは」
冒険者ギルドに駆け込んだセレナ様。
セレナ様は、アクア達の姿が見えないのを確認し、そのまま当てもなく飛び出そうとしたのだが。
「街の外にわざわざ何しに行くんだよ? 外に何かあるのか?」
「外に何か、というか。ウチの魔法使いの日課がありまして。多分それで、みんなで外に行ったんだと思います。いつもこのぐらいの時間帯に行ってましたし」
答える俺に、ガクリと脱力したセレナ様は。
「もっと早く言えよおおおおおおおお!」
ギルド内で、人目もはばからず喚きだした。
もう色々と限界なのかも知れない。
と、そんな事より。
「セレナ様、ついでなので何か食べて行きたいです」
そう言いながら手近なテーブルに着く俺を、セレナ様が恨めしそうに睨みつけた。
「......金は払わねーぞ。もうお前に貸しを与える必要はないからな」
「すいませーん、メニューのここからここまで全部を、この人のツケで」
「払わねーぞ! あたしは払わねーからなっ! ......あっ。あたしは......、私は水をお願い致します......」
店員に、今更ながら取り繕って水を頼むセレナ様が、ソワソワと落ち着きなく。
「なあ、なあ......! お前、仲間が街の外のどこにいるのかも知ってるんだろ? 早く言えよ。あたし、ちょっと行って来るからさ。お前はここで食ってればいいから」
「お断りします。セレナ様を一人で行かせるわけには参りません。俺の仲間には頭がおかしいと評判のアークウィザードを筆頭に、セレナ様の力を超えるかもしれないプリースト、硬い以外にはあまりパッとしない娘がいます。あの狂犬みたいな連中が大人しくセレナ様の言う事を聞いてくれるとは思えません、街の外で会ったなら、恐らくは戦闘になりますよ?」
その言葉にセレナ様が少し考え込んだ後。
やがて......。
「......よし、注文した物を食い終わったらちょっと来い。相手が街の外にいるのなら使える手がある。......今日こそ、お前にちゃんとした仕事を与えてやるよ」
顔を上げたセレナ様が、そう言って不敵に笑った──
「──遅かったですねセレナ様、待ちくたびれましたよ。どうするんですか、せっかく奢って貰ったのにこれだけ待たせたせいで、貸し借りはトントンですよ?」
「......お、お前......お前ってヤツは......」
地面に座ってだらけていた俺に、セレナ様が疲れた様に項垂れた。
そこは街の外の共同墓地。
飯を食い終わったら墓場へ行くぞと言われたので、頼んだ物を適当に食べた後、俺は気を利かせて一人で先に来ていたのだ。
大量に注文したので、食い切れない分をここ最近ロクな物食べてないセレナ様に、分けてあげたいという下僕心だ。
セレナ様にはトイレに行くと言って、ギルド職員に言伝を頼み、そのままそっと後にしてきたのだが......。
「美味しかったですか?」
「ああ美味かったよ! 金が無いせいで、その後こんな時間まで皿洗いさせられなきゃもっとな!」
泣き顔で食って掛かるセレナ様。
「お前とのお喋りにかまけている暇はねえ。ほら、やるぞカズマ! この墓地の下に眠っている死体を掘り起こせ。傀儡にして兵隊にするんだ。あたしはここから先をやるから、お前は向こうな」
「すいません、信仰上の理由で仏さんにそんな罰当たりな事出来ないんですけど」
「お前、レジーナ教徒だろうが! 信仰上の理由って何だよ! 死体に触りたくないってそう言えよ! いいからやれ! ワガママ言うな、たまにはちゃんと働いて貰うぞ!」
「マジ勘弁」
死体を掘り起こすだとか、流石に無理だ。
こればっかりはと激しい痛みに耐えて本気で命令に抵抗していると、セレナ様がいよいよ泣き出しそうな顔をしながら諦めた。
「くそ、もういいよ! お前はそこでジッとしてろ!」
半泣きのセレナ様がシャベルを片手に墓を掘る。
セレナ様が働いていたせいで時刻はすっかり夕刻近くになってしまった。
これではアクア達も自宅に帰っている頃ではなかろうか。
つまり、死体を傀儡化してアクア達を襲撃するとしても、もう街中に戻ってしまっているため......。
今さら死体掘り起こして操っても街中じゃ使えませんよと言おうとしたが、セレナ様に有利な助言をすると借りを返してしまう事になる。
俺は心を鬼にして汗だくで墓を掘るセレナ様を見守った。
「はあ......、はあ......っ! よ、よし......最初の一体! 後はコイツを操って、墓を掘らせればいい......『マリオネット』!」
「だが傀儡ポイントが足りない」
「!?」
セレナ様が俺の言葉にギョッとした表情で振り返った。
そして、その言葉通り掘り返された死体は動きもしない。
「お、おい! 傀儡ポイントって何だよ、これ、どういう......」
セレナ様が呟き、そしてはたと手を打った。
「傀儡ポイントって、お前に注いでいる支配力の事か! 勝手な名前付けやがって! おいカズマ、抵抗するなよ? 今からお前に送っている支配力、お前への借りを少しだけチャラにする。いいか、本当にもう抵抗するなよ!? お前の支配を解きたいのは山々だが、それをすると邪魔するのはもう理解した。だから、いいか? 今回お前の支配を弱めるのは他に傀儡を増やすためだからな? 抵抗するなよ?」
「そこまでしつこく言うって事は、お笑い芸人的な前振りと受け止めていいんですかね」
「違うよ! いいか、抵抗するなよ? いくぞ......! ............抵抗するなって言ってんだろうが! お前あたしの傀儡なんだろ、たまにはちゃんと言う事聞けよお!」
俺は、体内に宿っているセレナ様の力が外に抜け出そうとするのに激しく抵抗。
この俺がいるのだ、他の傀儡など必要ない。
セレナ様が、ちっとも言う事聞かない俺の胸ぐらを、涙目になって締め上げた。
「うぐぐ、ちょ、ちょっと聞いて下さいセレナ様......! セレナ様が皿洗いしたり墓掘り返してモタモタしている間に、すっかり夕方近くに......。多分あいつらは、もう家に帰ってる頃で......」
「早く言えよおおおおおおおおおお! 大体、誰のせいで皿洗いして墓を掘るのが遅れたと......! ちっくしょおおおおおおおお!」
セレナ様はもう零した涙を拭きもせず、再び俺の屋敷へと駆け出した──
──ぐったりと疲れきった様子のセレナ様。
美女の気怠そうな表情というのはなかなかどうして悪くない。
そんなセレナ様が、俺の屋敷のドアを力無く叩いていた。
もう、声を出す気力も無いらしい。
やがて、ドアは開けられることなく、屋敷の内から声がする。
「こんな時間にどちら様? 物売りなら間に合ってるんですけど。宗教の勧誘なら論外です」
それは久しぶりに聞く、すっとぼけたアクアの声。
「よう、あたしだよ。お前のとこの大事な男を返しに来たぜ」
そんなセレナの声を聞き、一瞬シンと静かになり。
やがて、ドアがほんの少しだけ開けられた。
その隙間から、こちらを覗うようなアクアの視線。
「......カズマさん? 本当に? ......本当に?」
恐る恐るといった感じで、アクアがドアの隙間から俺を見てくる。
そんなアクアの背後から、ガタンと大きな音がした。
そして、バタバタとこちらに駆けて来る足音も。
セレナ様が、俺の耳元に顔を寄せ囁いた。
「いいか、ややこしくなるから黙ってろよ? 大人しくしてたら、宿に帰った暁にはちゃんとお前が満足する代償をやるからな」
「帰ったらと言わずに今ください」
セレナ様が、ぐっ、と何だか悔しそうに一瞬呻くと、そのまま気を取り直したように腕を組んで堂々と立つ。
やがて玄関のドアが開けられると、何だかオドオドしているアクアの背後に、めぐみんとダクネスが現れた。
二人は俺の顔を見て、その表情がパアッと明るくなり。
そして......、
「............その男は、何してるのか聞いてもいいですか?」
めぐみんが真顔で言った。
その男とはもしかしなくても......、
「コイツの事は今は気にしないでいい。というか、コレを返品しに来たんだ」
そう、セレナ様の隣に膝を抱えて座り込み、堂々とスカートをめくって、間近でパンツを見ている俺の事だろう。
そんな俺をセレナ様以外の三人が呆然と見つめていた。
マジマジとパンツ見る俺から、まるで痛々しい物から目を逸らすかのように視線を外し、めぐみんが怒気を露わに前に出る。
「......カズマに一体何をしたんですか? ヘタレのこの男がこんなに堂々とセクハラするなんておかしいです。セクハラ大好きな男ですが、やるのなら不可抗力を装ったり理由付けをしますからね。私にセクハラする時は何だかんだと小賢しい手を使っていたカズマが、こんな......」
言い淀むめぐみんの言葉の続きが気になる。
こんな......、何だろうか。
「......私が迫ってもすぐ怖気づくヘタレなところが、この男の駄目な部分でもあり良い部分でもある。貴様が怪しいのは以前から気付いていた。何をした? そもそも、ここ数日カズマと貴様の噂を色々と聞いたぞ。一度は手懐けたカズマを返すとは、何を企んでいる。この男のこんな痛々しい姿は......こんな......こんな......」
こんな......、何だろうか。
「......ねえ。というか、このカズマさんはちょっといらないんですけど。返すなら、ちゃんと元に戻して返してくれます? 人から物を盗んでおいて、壊れたからやっぱり返すってのは酷いと思うの」
最後にアクアがそんな事を......。
人の事をいらないとか壊れただとか言いたい事は山とあるが、今の俺はセレナ様に喋る事を禁じられている。
というか、もっぱらパンツを拝むのに忙しい。
と、セレナ様がアクアに向けてスッと片手を出すと。
「取引しよう。この男を元に戻してやる。代わりに、あんたが抱えているそのポーションを寄越しな。そうしたら、この男をちゃんとした状態で返してやるよ」
そのセレナ様の言葉に、アクアが、大事そうに胸に抱えていたポーションをジッと見る。
......そして。
「お断りします。これはね、まだかろうじてまともだったカズマさんから貰った物なの。あんたなんかに渡す義理なんてありません。このポーションは何に使う物なの? あのへんてこ悪魔は何て言っていたの? これをどう使うのかを教えなさいな」
ギリッ、と。
セレナ様が歯を食い縛る音がした。
多分、俺によって散々な目に遭ってもう本当に限界なのだろう。
セレナ様は、顔を俯かせながら静かな声で。
「......あたしが耐えてる内に言う事聞いた方がいいぞ? あんまり舐めてもらっちゃ困る。これでもあたしは............」
そんなセレナ様に、最後まで言わせる事なく。
「カズマから貰った物だし大事にしてるの。お断りよ!」
「そうかい分かった、それじゃ交渉はここまでだ。くたばんな!」
セレナ様が、アクアを指すと同時に叫ぶ。
それを聞いたダクネスが、咄嗟にアクアの前に出た。
「『デス』!」
鋭く叫んだセレナ様の、その指先が輝き、そして......!
「............あれっ?」
セレナ様が間抜けな声を出すと同時に、その指先に灯っていた光が消えた。
「確保ー!」
アクアとダクネスが、アッサリとセレナ様を取り押さえた。
4
セレナ様が地面に押し倒され、その上にダクネスが跨っていた。
今のダクネスは鎧は着ていないものの、プリーストのセレナ様とでは鍛えた体による体重差がある。
「畜生、魔法が......! なんでだよお......っ! レジーナ様、レジーナ様! あたしに力を......!」
ダクネスの下で逃れようともがくが、身動き取れないセレナ様。
そんなセレナ様に、ダクネスが首を絞め上げながら詰問した。
「さあ、この男の呪いを解いて貰おうか......、な、なんだコレは、私も苦しい......っ?」
ダクネスが戸惑う中、セレナ様が上に乗るダクネスを指し。
「『デス』ッ! 『デス』! デ......」
何度も魔法を唱えるも、何も起こらず、やがてダクネスに口を塞がれた。
さて、俺はどうしたものか。
ここはセレナ様をお助けするべきなのだろうが......。
「......ねえ二人共、本当にこの男、返して欲しいの? 私、コレ要らないんですけど」
「う......、いやまあ、私もコレは......要らない......かな......?」
コレとは、取り押さえられたセレナ様のスカートを捲って、未だパンツを覗いている俺の事だろうか。
と、そんな俺の服の袖が横からクイクイと引っ張られた。
そこには、どことなく嬉しそうなめぐみんが立っている。
めぐみんは、自分のローブの裾を両手で摑み、それを少しずつ持ち上げて......。
「............みんな、黒が好きなんだなあ......」
俺はめぐみんが見せつけてきた黒い下着を、体育座りの体勢で、超至近距離でマジマジ見ながら呟いた。
「めっ、めぐみん!?」
「めぐみんが超大胆なんですけど!」
騒ぐ二人を尻目に、パンツを見る俺の頭に満足そうに片手を置いて。
「では、みんなが要らないならこの男は私が貰っていきますね」
「あっ!」
どや顔で勝ち誇ったように宣言するめぐみんに、ダクネスが焦った表情で声を上げた。
......しかし、妙な状況だ。
馬乗りになったダクネスに、口元を押さえられもがくセレナ様。
俺の頭を撫でるめぐみんに、そのめぐみんのパンツを見続ける俺。
そして......。
「......ほうほう。あんた、レジーナとか言うマイナー神からの加護が半減してるわね。神の加護は、信者へと分配されるの。つまりあんたんとこの神様は、マイナー過ぎてあんたぐらいしか信者が居なかったのね。今までは神の力を一人で独占出来ていたけれど、ウチのカズマさんが信者になっちゃったものだから......」
「!?」
セレナ様が口を塞がれたまま、俺に殺意の籠もった視線を送ってきた。
どうも、俺が傀儡どころか勝手に信者になってしまったせいで、セレナ様が弱体化してしまったらしい。
しかし、俺をそんな目で睨まれても。
アクアがセレナの傍で屈み込み、ダクネスが塞いでいた口を開けさせると。
「さあ、カズマを元に戻して!」
「......そのポーションをかければ元に戻る。もっとも、その男は激しく抵抗するだろうがな」
セレナ様が、観念したようにぐったりしながらアクアに伝える。
これは一体どうしたものか。
セレナ様の忠実な下僕である俺は、どう行動するべきか。
というか現在、めぐみんが俺の片手をギュッと握って放さない。
そして、もう片方の手で俺の頭を撫で続けていた。
俺はといえば、相も変わらず体育座りの状態で、めぐみんのスカートをめくって見ているわけだが......。
「ふふ、久し振りですね、カズマ」
めぐみんが、少し恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにはにかんだ。
俺としてもセレナ様を助けに動きたいとこなのだが、こんな嬉しそうな顔した魔性のめぐみんに誘惑されると......。
今の俺はセレナ様に全ての本能を解放され、自らの制御が利かない状態だ。
だから、これも仕方ないんですよセレナ様、許してください。
「というかどうしてこんな事態になったのだ。貴様は本当に何を考えているんだ? ウチのカズマをこんなド変態にして、一体何が面白いのだ」
「あたしだってこんなんなるとは思ってなかったよ! あたしはコイツを傀儡にしようとしただけだ。本能を解放して、良心を切り捨てさせただけで......。後は、コイツが予想以上に勝手に懐いてきただけだ!」
セレナ様が悔しげに唇を嚙み締め。
「......ここ数日、本当に酷いもんだった......。理由を付けては働く事を常に拒否し、隙があればセクハラ、何かあればセクハラ。人生舐めててワガママ放題の贅沢放題......」
「......それは、元のカズマさんとあんまり変わってない気がするの。まあいいわ、とにかくこのポーションをかければ元に戻るのね?」
アクアがそう言いながら俺の方に近付いて来る。
「......私としては、別にこのままでもいいのですが......」
めぐみんは俺にパンツをガン見され、ほんのりと頰を染めながらも言ってきた。
そうは言いながらもめぐみんに片手を握られているので逃げられない。
俺がこのままでいいと言うのなら手を離して欲しい。
そんな俺に、アクアがそろそろと警戒するかのように近付いてくると。
「ねえカズマ、今から元に戻してあげるから、余計な事はしないでね?」
「このままでいい」
即答する俺に、アクアがジリジリと距離を詰める。
「そうもいかないの。そのままよ、そのままジッとしてるのよ......?」
「おいプリースト、抜かるなよ! その男は絶対に何かするぞ!」
セレナ様が鋭く警告する中で、アクアはそんな事は分かっているとばかりに言い返す。
「わ、分かってるわよ、私がどれだけカズマと付き合っていると思ってるの? めぐみん、カズマが逃げたり何かしたりしないよう摑まえていてね! さあ、それじゃあ......」
「『スティール』」
「「「「あっ!」」」」
俺はめぐみんの下着から視線を外し、アクアに向けて片手を突き出す。
そのスティールは一撃でアクアからポーションをもぎ取った。
そして......。
「そおい!」
「わああああーっ!」
俺は無造作にポーションを投げ捨てる。
それが地面に落ちる寸前、アクアが叫びながらスライディングし受け止めた。
「だから言っただろうが、その男は何かするって!」
「だってだって仕方ないじゃないの! あんただって色々されたんなら分かるでしょ! この男、突然何しでかすか分かんないんだもの! めぐみん! めぐみーん!!」
アクアが半泣きで、今度こそ俺に盗られまいと、大事そうにポーションを胸に抱きかかえながらめぐみんに泣きついた。
それに続いてセレナ様もが、ダクネスに乗っかられた仰向けの状態で言ってくる。
「我が傀儡サトウカズマに命ずる! そのまま! そのまましばらく動くな!」
「しょうがないですね、私としてはこのままでもいいのですが......。ほら、カズマ。ギュッとハグしてあげましょう。......そのままジッと......、ジッと......? ちょっ、モゾモゾしないでジッとしていて下さい、アクア、早く! この男、私の胸に頰ずりを......!」
「めぐみんそのまま! こっちを向かせないで抱きしめていて!」
めぐみんの胸元に顔を埋める俺の後頭部に、冷たい物が振りかけられた。
それを受け、体から何かが抜けていくのを感じ取る。
おい止めろ、俺はまだこのままでいい。
まだセレナ様にはやり残した事が残っているのだ。
そのためには復讐の神、レジーナ様の力が必要で......!
「......あれっ?」
なんで復讐の神の力が必要なんだっけ。
というか、セレナ様?
なんで俺は魔王の幹部を様付けで......。
そもそも、なぜ俺はロクに知りもしない神をいきなり信仰なんてしたのだろう。
......ああ、そうか。
確か操られそうになる直前、魔王の幹部に、ウチの駄女神を傷付けた代償を払わせる、絶対復讐してやると強く願って............。
5
「カズマ、どうですか? 治りましたか?」
ぺちぺちと頰が叩かれる。
ふと顔を上げると、目の前にはめぐみんの顔。
............。
「もう少し強めにハグしてくれると色々治ると思います」
「治ったようですね。では......ちょ、も、もう治ってるなら離れて下さい!」
めぐみんに引き剝がされ、俺は仕方なく立ち上がる。
というか、何だか夢を見ていたような。
それも、何だかとても良い感じの神様に仕えていたような。
......まあいいか、俺は基本無宗派だ。
「カズマさんカズマさん。大丈夫? レジーナだなんて、聞いたことないようなマイナー神を拝むぐらいなら私を信仰した方が良いと思うの。今なら、カズマさんの下手くそな字が達筆になったりと様々なご利益があるわよ」
「いらねえ。そもそも、なぜ俺がマイナー神なんかを崇めたと思ってんだ......。......あれ?」
......?
何でだっけ?
「何で崇めたの?」
「さあ? よく分からん」
自分でも腑に落ちないが、今はそれどころじゃない。
「よう。無事に元に戻れたみたいだな」
ダクネスに馬乗りになられたまま、未だ地面に寝そべるセレナ。
コイツをこれからどうすればいいのやら......。
「......あんた、始末に困るなあ......」
「なら、このまま見逃す気は無いか? しばらく一緒に暮らした仲だろ? そうすりゃお互い、幸せになれると思うよ」
両手を投げ出したまま、セレナが投げやりに言ってくる。
自分でも分かっているのだ、俺がコイツをどうにも出来ない事を。
たとえば、警察に突き出す。
......何だろう、凄く不安が残るしスッキリしない。
いっそ、復讐の呪いを受けてもアクアに蘇生してもらう事を前提に、遠く離れた街の外に連れて行き、俺がセレナを──
......うん、殺人なんて無理だ。
俺にそんな度胸があれば、今頃ヘタレだなんて称号は得ていない事だろう。
簀巻きにしてダンジョンに持って行って放置とか。
......いやいや、それも結局は間接的な殺人みたいなもんだしなあ......。
クソ、下手に数日一緒に暮らしたせいで、中途半端に情が移った。
しかし、このまま見逃すってのも......。
「悩んでるみたいだな。......なあ、カズマ。あたしを見逃したところで、お前に何か損はあるのか? あたしを見逃せば、この街への襲撃計画は見直す事になるだろうさ。あんたが居る街に関わるのはもうコリゴリだよ。これは本音だ。......それに、名前だけの魔王の幹部、ウィズ。そしてバニル。街を襲っても、気まぐれなこの二人がどう出るか、まったく分からないからね。あたしは城に帰って計画を練り直すよ。あたしを見逃してくれれば、この街には手を出さない。どうだい? 今度こそ、ちゃんとした取引だ」
セレナは悩む俺を見透かしたかのように、薄い笑みを浮かべながら言ってくる。
そして、そんなセレナに跨るダクネスが。
「......おいカズマ。この女は結局何だったのだ? 魔王の関係者か? 街の住人を守るためなら、この私がぶっ殺してやろうか」
俺は物騒な事を言うダクネスの肩を摑む。
ダクネスは貴族で、この街の仮の領主でもある。
意外と短気なこの女は、街の住人を守るためならセレナをキュッとやりかねない。
そして、そんなダクネスの言葉に覚悟を決めた。
「......おい、何だよそれ。お前、なんでまだそんな物持ってんだよ」
俺が取り出した物を見て、セレナの表情が引きつった。
「悪いなセレナ。交渉は無しだ。俺も痛いが、今回はお互い痛み分けって事にしとこうぜ」
懐から取り出したのは、バニルからもらった禁断のポーションシリーズ。
どれもこれもろくでもない効果ばかりだが、確かこの中に、レベルリセットポーションとかいうのがあった。
いつもは仲間の力を借りてきた俺だけど、今回だけは最後まで自分一人でやり遂げる。
これをセレナに使えば、レジーナの復讐の呪いにより俺もレベルがリセットされるだろう。
「何する気だ? ......おい、止めろよカズマ。一緒に暮らした仲だろ? 賢くなれよ、ここはあたしを見逃しとけって」
だが、ニートで最弱職の俺と魔王軍幹部のセレナ。
レベルが1にリセットされて、どちらが痛いかといえば言うまでもない。
俺は禁断のポーションシリーズから、レベルリセットポーションを取り出してセレナの傍に跪く。
「悪いけど、俺と一緒にレベル1からやり直してくれ」
「!?」
それを聞き、途端に暴れ出したセレナの腹に、ダクネスが拳を入れた。
「ぐあっ!」
「あぐッ!? な、なんだこれは? おいカズマ、この女を殴ったら、私の腹が......!」
戸惑うダクネスに静かに告げる。
「そいつを攻撃すると、ダメージがそっくりそのまま返ってくる。いいか、間違ってもそいつを殺そうとするなよ。殺されると、辺りに大量虐殺の死の呪いを振り撒くらしいぞ」
そんな俺の言葉に、
「......なるほど。以前ドロップキックを食らわせてカズマが気を失ったのはそういうわけですか」
めぐみんが、一人納得したように頷いた。
と、ダクネスがそれを聞き、なぜか無言でセレナの頰をつねり出す。
「いたたた、何すんだ!」
「あうう......! 貴様、何か隠している事があるだろう? さあ、吐け! 私の目は誤魔化せない! はあはあ......、い、痛い......! くうっ......、だが、こんな痛みではこの私は......!」
「何言ってんだ、そこのカズマが大体知ってる! 痛い! おい止めろ、カズマに話した事以外特に何もないって! 痛い、止めろ! お前にも痛みが返ってくるんだぞ、止めろ! 止めろって!」
レジーナの加護を使って特殊な一人遊びを始めたダクネスを、必死に押し退けようとするセレナ。
俺はポーションを片手に握りしめ。
「おい、カズマ、この女を止め......! ちょ、ちょっと待て、近付くな、分かってんのか、お前もレベルが下がるんだぞ? 考え直せよ、あたしのレベルを下げてお前個人にどんな得がある? か、考え直せって!」
慌てるセレナに瓶を向け。
「まあ、ゆっくりとレベルを上げるさ。俺の場合はどうせすぐにカンストするしな。金もあるから生活にも余裕があるし、急ぐ必要だってない。......この忠実な下僕が最後までお付き合いしますよセレナ様。さあ、一緒にやり直そうぜ」
セレナが引きつった顔で、自らの頰をつねるダクネスの手を摑み。
「お前って、やっぱり魔王軍にとって、最も危険なヤツだと思うよ」
「そりゃ過大評価だろ。今後はのんびり生きてくから、もし魔王の城に帰れたら、その時はよろしく頼むよ」
セレナは冗談めかした俺の言葉を聞き流し、こちらに指を向けてきた。
......一体何のつもり......?
......あっ。
「やっぱりお前は生かしておけない。お前が治ったって事は、レジーナ様の信者はまたあたし一人になり、もう力は戻ってるってわけさ。さよなら、ワガママな傀儡」
俺はセレナがこちらを指さす手を摑もうと。
そしてダクネスが慌てて口を塞ごうとしたが、セレナが呟く方が早かった。
「『デス』」
1
「お帰りなさいませご主人様!」
そこは、お馴染みの白い部屋。
ふと目を開けた俺は、楽しげにそんな事を言うエリス様と、立ったまま見つめ合っていた。
「......楽しそうですねエリス様」
「カズマさんもここに来るのに慣れてきちゃいましたし、新鮮味がないじゃないですか? でもすいません、不幸があったのに不謹慎でしたね」
そう言って苦笑するエリス様。
「......もう一度やってくれません?」
「自分でやっといてなんですが、もうやりません」
お頭の時はノリノリなのに。
「......あ、あいつどうなりました? 俺にデスをかけた後」
「激昂したダクネスに思い切り殴られて、二人一緒に気を失ってますよ。先輩はカズマさんの蘇生を。めぐみんさんは、魔王の幹部を念入りに簀巻きにした後、気を失ったダクネスの介抱をしています。......ご安心を。みんな無事ですよ?」
言って、ニコリと微笑むエリス様の言葉にホッとした。
なら、後はアクアに蘇生して貰ったら俺の出番だ。
レベル1になるのは正直キツイが、セレナを無力化するにはこれが一番の方法だろう。
他にも色々考えてはみたが、やはり最後まで自分の手でケリを付けたい。
俺は少しだけ安心し、その場に膝を抱えて座り込んだ。
......しかし、久しぶりに死んだなあ......。
理不尽で弱者には優しくない世界だし仕方ないが、もうちょっと何とかならないもんか。
こうもアッサリ死ぬとさすがに落ち込んでしまう。
なにより、段々ここに来る事に抵抗が無くなってきているのが問題だ。
死ぬのに慣れるというのもどうかと思う。
と、エリス様がジッと俺の顔を見ながら、何も言わずに微笑んでいた。
両手を胸の前に組んで部屋の中央に立っているエリス様は、何と言うか何も喋らなくても一緒に居るだけで癒される。
そのエリス様を見ていると、もう色んなしがらみから解放されて、ずっとここに居たくなってくる。
ここに来るたびに思うのだ。
何で俺が魔王の幹部なんかと戦わないといけないのか、なんで俺は異世界なんかで、やたらと強敵とばかり関わっているのか。
せっかく大金を手にしても、魔王の娘が王都を攻めるだの、俺達の街にも部隊が転送されてくるだの......。
ああ、嫌だなあ......。
死んだ直後のためか、流石に鬱にもなってくる。
でも、戻らないと。
今のところ、王都への襲撃計画や街に魔王の部隊がやって来る情報を知っているのは俺だけだ。
そして、セレナのレベルを下げて俺もレベル1に戻って............。
「......はあ」
これからの事を思うと、ついついため息が出てしまう。
膝を抱えながらため息を吐く俺に、エリス様が心配そうに首をかしげた。
「大丈夫ですか? 大丈夫......なわけないですよね、死んだのですから......」
言いながら、エリス様が俺と向かい合ってしゃがみ込み、膝を抱えた状態に。
視線の高さを俺に合わせ、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「やっぱお頭って可愛いし優しいですよね。女神辞めて、どこか遠い異世界で俺と結婚しませんか?」
「めぐみんさんとお付き合いしているのに、そうやって女神をからかっていると、天罰を落としますよ?」
そうだ、めぐみんだ!
「エリス様って実は俺に密かな恋心を抱いてて、めぐみんとの仲に陰ながら嫉妬し、一線を越えそうになる度に邪魔したり......なんてしてませんよね?」
「しませんよ、そんなバカな事! あっ! 何ですかその顔は、疑ってるんですか!? もの凄く不本意です!」
エリス様をからかって、やさぐれていた俺の心が急速に癒されていると。
《カズマさーん、カズマさーん! もう準備は出来たから帰ってきてー》
このゆったりとした癒し空間に、空気を読まない事にかけては類稀な才能を持つ、癒されない方の女神の声が響き渡った。
まだしばらくはあの理不尽な世界へ戻りたくないと、俺は膝に顔を伏せながら、自分の両耳を押さえ聞こえないフリをする。
「あ、あの......、先輩が呼んでますよ? 気持ちは分からなくも無いですが......」
現実逃避しようとする俺に、エリス様が困った様に言ってくる。
「......こう何度もポンポン死ぬと、流石に落ち込むし、また死ぬんじゃないかと腰が引けますよ。いっそ、このまま新しい人生やり直した方がいいんじゃないかって」
「それは......。しょうがないですね、普通は一度死んだだけでそのショックは相当な物ですし......。カズマさんの場合は毎回楽な死に方ばかりですから、まだ精神的なショックが小さい方ですが......」
目の前で困り顔で膝を抱えているエリス様。
やがてエリス様が、穏やかな笑みを浮かべた。
そして小首を傾げながら。
「......でも、この世界では、素晴らしい仲間達との楽しい思い出があったでしょう? まだやり残した事があるんじゃないですか? ほら、思い出してみてください、あの楽しい日々を......」
その言葉に、俺はゆっくりと、これまでの異世界での出来事を振り返る。
アクアとの、あの世界に来たばかりの時の、苦労に苦労を重ねた馬小屋暮らし。
理不尽な理由で背負わされた多額の借金。
ロクな事しかしない仲間達、そして、その尻拭い。
一癖も二癖もある街の連中......。
そして、その反動か実にポンポン死ぬ俺。
かろうじて仲間と良い感じになったかと思えば、未だ最後の一線は越えられず生殺し。
「............やっぱり、もう生まれ変わりたいんですが......」
「ええっ!?」
地球に送ってもらって金持ちの家の猫にでも生まれ変わろう。
そして、生涯を勝手気ままに寝て過ごすのだ。
《カズマさーん、早くきてー、早くきてー》
そんな、気楽なアクアの声。
頑張った。
もう俺、頑張ったよ。
生き返ってもどうせまた、アッサリと死ぬような気がする。
「俺はもうこのまま、新しい人生送るからー! そっちの事はお前らに任せたー! 二人には、幸せになってくれって伝えてくれー!」
「えええっ!?」
俺がどこへともなく大声で叫ぶと、エリス様が驚き、やがてシンと静まり返る。
そして......。
《この男、またバカな事言い出したんですけど! あんたふざけんじゃないわよ、何で定期的におかしな事言い出すの? そんなに私を困らせたいの? バカなの? やっぱりバカなの? そんなだから、あのプリーストにホイホイ付いてく羽目になるのよ!》
「あっ!?」
アクアの罵声にカチンとくる。
「お前ふざけんなよ、そもそも誰のために魔王の幹部に喧嘩売ったと......! あのな、俺は街を守るため、人知れずあのプリーストと戦いを続けてたんだぞ! その激しい攻防の果てに洗脳されて連れて行かれたんであって......」
《えっ。めぐみん何してるの? えっ。えっ......!》
......おい。
「お前、そんな事言ったってもう関係ないからな! 俺の体にイタズラでも何でもすればいいさ! お前らが泣きながら、お願い帰ってきてって言うまでは......」
《めぐみん何してるの!? ねえ、何をするの! カズマさーん、カズマさーん! 早く帰ってこないと......! 帰ってこないと......!》
......だ、騙されないし釣られない、今さら自分の亡骸に何されたって......。
そう、もはやそんな脅しには......!
《カズマさーん! めぐみんが......! めぐみんが、カズマの初めてを貰うって言って凄い事しようとしてるんですけど! っていうかめぐみん、真っ昼間からそれはどうかと思うの!》
色仕掛けかああああああ!
「............」
膝を抱えてソワソワしだした俺を見る、エリス様の視線が何だかよそよそしい物になる。
ああどうしよう、やばい、帰らないと大人になれる瞬間を逃す事に......!
いやでも、ここでノコノコ帰ったら俺はめぐみんの色仕掛けに簡単に屈するチョロ夫だと思われて......、いやいやいやしかし......!
《めぐみん、初めてのカズマさんに、いきなりそんな大きいのは無理だと思うの! カズマさんのカズマさんが壊れちゃう!》
!?
「おい、俺の初めてを貰うってそっちかよ!」
《めぐみん駄目よ、それは食べる物よ! そんな事する物じゃないわ、罰が当たるわよ!》
「止めて! アクア、今すぐ帰るから早く止めろー!」
《あああっ、めぐみん! めぐみんっ! だ、駄目よそれ以上は、時間切れよ! もうカズマが帰ってくるって言ってるわ! 早くズボンを......!》
俺はすぐさま立ち上がり、
「じゃあエリス様、急を要するんでこれで!」
そのまま大慌てで例の門の前に駆け出すと......!
「い、行ってらっしゃいませ......。......あっ! カズマさん、お急ぎのところすいません! 実は、あなたに大事な話が......」
「この状況で!? 今まで時間あったじゃないですか、なんで今! 地上に帰ったら、お頭になって会いに来てくれればいいですよ!」
《めぐみんってばどうしてそんなに漢らしいの!? ほら、カズマさんが帰ってくる前に証拠を消すの!》
俺は泣き出しそうになりながら、エリス様を振り返る。
そんな俺に、エリス様が申しわけなさそうな表情を浮かべ。
「実は、この世界は今......」
《めぐみん、脱がすんじゃなくて穿かせるのよ!? ダメよ、もう時間が......!》
「エリス様すいません、ちっとも頭に入って来ないんですけど! アクア、止めろ! あとで小遣いやるから止めてくれ!」
空から聞こえるアクアの声で、シリアスな空気がちっとも持たない。
《だってだって、カズマの見えちゃいけないものが色々と......、ああっ、めぐみん駄目よ! 駄目......、だ......、......ああっ......》
「諦めるな! おいアクア、諦めるなよ、頑張れよ! 今そっち帰るから!」
顔を赤くしたエリス様が、必死に声を張り上げた。
「現在、この世界は危機に晒されています! このままでは魔王軍に人類が滅ぼされる可能性が濃厚となってきました! お願いです、どうか話を聞いてください──!」
──目が覚めると、アクアとめぐみんが俺の顔を覗き込んでいた。
「あっ! カズマ、お帰り! 危機一髪だったわね!」
「お、お、お帰りなさい......」
めぐみんがほんのりと頰を染め、少々荒い息で、何かを後ろ手に隠していた。
俺と目が合うと、めぐみんがフイッと目を逸らす。
自分のズボンが慌てて穿かせたように乱れているのが恐ろしい。
挙動不審なアクアとめぐみん。
そして、遠く離れたところには、白目を剝いたセレナとダクネスが横たわっていた。
「ちょ、ちょっと私はダクネスの介抱の続きをしてきますね」
言って、俺から目を逸らしながら、逃げるようにダクネスの下へと向かうめぐみん。
その背中を見送りながら、俺は、何やらオドオドしているアクアに向けて。
「おいアクア」
「何かしら!? 私は止めたわよ? めぐみんと二人で、カズマさんのカズマさんをマジマジと見たりなんかしてませんから!」
............こ、こいつ......。
俺は気を取り直し、アクアに告げた。
「......お前、今さら天界に帰りたかったりとか......。......する?」
2
「カズマ、起きて! 朝よ朝! ほら早く! 早く起きて!」
翌日の朝。
一切のノックもせずに、アクアがけたたましく喚きながら俺の部屋へと飛び込んできた。
モゾモゾと布団から顔を出すと、窓の外はまだ薄暗い。
「............今何時だよ......」
「そろそろ五時?」
早えよ......。
俺が再び布団の中にモゾモゾと潜り込むと、アクアがその上に飛び乗ってきた。
「なに二度寝なんてしようとしてるの!? ほら早く、起きて起きて! さっさと支度して、クエストに行ってレベル上げするわよ!」
「勘弁してくれよー......。俺、夜中まで飲み歩いてたから今日は夕方まで寝たいんだよー......。昨日は、魔王の幹部撃退祝いをしてたんだよー......」
──昨日、アクアにエリス様からの伝言を告げた後。
俺は予定通りセレナのレベルをリセットし、自らもレベル1になった。
そして気絶したセレナを警察に預け、これまでに得た情報などを洗いざらいぶちまけてきたのだが......。
弱体化したセレナは、もう強力な呪いをばら撒く事も出来ないだろう。
警察署の署長が、これからセレナ相手に色々と取り調べをするとか言っていた。
魔王の娘による王都侵攻計画やこの街への襲撃などなど、それらへの対策の手も打ってくれるそうだ。
魔王の幹部を捕らえた事とその計画を事前に止めた事により、結構な額の賞金も出るらしい。
......となると、後はもうレベル1になった俺に出来る事などない。
王都の事なんてどうにも出来ないし、この街への襲撃にしても、セレナによる主力冒険者達の傀儡化、そして内部からの破壊工作が織り込まれての計画だ。
それらが失敗した以上、簡単にこの街が落とされる事もないのではなかろうか。
というか、セレナという指揮官を失った以上、この街への襲撃自体がなくなるかもしれない。
と、いうわけで。
俺は安心して、昨日遅くまで、祝勝祝いとして飲んでいたのだが......。
「起きてー、起きてー! ほら、早く起きて! そして、人類のため、未来のため! 魔王退治に行くの!」
アクアが、布団越しに俺の上に乗っかったままバタバタと暴れながらそんな事を。
魔王退治。
こいつがそんなバカな事を言い出したのには理由がある。
そう、エリス様からの伝言だ。
「魔王なら、その内どこかの女神様に選ばれし伝説の勇者とかが倒してくれるよ......。おやすみなさい............」
「ここにれっきとした女神様がいるでしょ! 私があんたを勇者認定してあげるから、ほら起きてー、起きてー!」
──エリス様から告げられた世界の危機。
それはセレナからも聞いていた、新たな勇者候補の事だった。
日本からこの世界にチート持ちの勇者を送る。
それは本来であればアクアの仕事だったわけだ。
だが、後任の天使に代わってからというものの、異世界送りがちっともうまくいかないらしい。
というのも、後任の天使は大変真面目らしく、勧誘の際に誤魔化しをしない。
今までに送られた日本人の末路と現在の生存率、異世界語習得の際の副作用やこの世界の世知辛さに至るまでを、それはもう詳しく事細かに説明しているのだとか。
......つまりは、このいい加減な女神だからこそ、詐欺みたいな勇者送りが可能だったわけで。
「俺達にちゃんとした説明もせず送り出しやがって。このまま昼まで抗議のふて寝をしてやる」
「あんたの場合いつだって昼まで寝てるじゃない! ねえ、女神様のお願いよ! こんなに麗しくも儚い女神様が泣いて頼んでるのに、どうして聞いてくれないの!?」
この世界には敵が多い。
たとえ魔王を倒したとしても、人類の脅威はいくらでもある。
そして天界としては、詐欺......ではなく、勧誘の上手いアクアの価値にようやく気付き、早く戻ってきて欲しいらしい。
「なんつーか、天界ってところはそんなに人材不足が深刻なのか? その辺のゴブリンでも送ってやれば、お前並みの仕事は出来るんじゃないのか?」
「それ以上私をバカにするなら考えがあるわよ。声真似魔法でへんてこ悪魔を真似て、枕元で一日中笑い続けてやるからね」
これが俺のレベルが下がる前で、それでいてまだコイツとの付き合いも浅く、とっととパーティーから放り出してやりたいと思っていたあの頃ならいざ知らず。
今の安定した状態で、なんで俺が魔王退治になんぞ行かなければならないのか。
......というか、無茶振り過ぎる。
セレナの企みを阻止出来たのだって、偶然に偶然が重なって運良く勝てたってだけだ。
しかも、アレであいつは魔王の幹部の中でも弱い方で。
さらに言うならそんなセレナに、俺は最後に殺されたわけだ。
それが、城に籠もって強力な部下に囲まれた魔王を退治に行く?
......アホか。
俺は未だ布団の上でバタバタしているアクアに、首から上だけを覗かせると。
「......魔王だよ? そんなもんが俺に倒せるわけないだろ? お前、それほどまでに俺の事を評価してんの? 魔王を倒せるような男だって?」
「まさかー。そんなわけないじゃない、私だって現実ぐらい知ってるわよ」
......この野郎。
「じゃあ何だってんだよ。たとえレベルが上がったところで、俺達でノコノコ魔王の城に向かったって、途中の強いモンスターに食われるか、城に着いたとこで魔王の軍勢に袋叩きにされて終わりだぞ。お前やダクネス、めぐみん辺りは、魔王に捕まって凄い目に遭わされるだろうな。喜ぶのはダクネスぐらいのもんだぞ、分かってんのか?」
「分かってるわよそれぐらい。ちゃんと私に考えがあるの。カズマがそこそこのレベルになって、魔王の城に近付ければそれでいいのよ」
......ほう?
「何か、良い考えがあるなら聞こうじゃないか」
「聞いて頂戴。あのね、まずは私達で魔王の城に行くじゃない? で、魔王の城の周りには......。そこには、結界が張ってあるって話でしょう? 魔王の幹部達が張った結界が」
......?
そんな話だったか。
俺には関係ないと思って、そんなもん今まで聞き流していた。
俺が無言で聞いていると、アクアが説明を続けていく。
「つまり、昨日カズマが魔王の幹部を一人無力化させたわ。レベル1の魔王の幹部じゃ、結界の維持なんて出来ないし、これで結界を維持している魔王の幹部は............。何人だっけ?」
「......魔王の幹部って八人いたんだったか? その内の一人が、確かベルディアとかいった最初に来たデュラハンだろ。そんで、バニルにハンス、シルビア、ウォルバク、セレナが無力化。......後は......ウィズも含めてあと二人か?」
「そう! 魔王の幹部は残り二人! 私の凄い女神パワーで、幹部二人程度が維持している結界なら、頑張れば破壊出来るかも! 結界が壊せればよし、それが無理でも、人が通れる穴ぐらいなら空けられるわ!」
......。
「で、それはいいんだけども、魔王を倒す肝心の方法は?」
俺の疑問に自信満々のアクアが言い放つ。
「結界が壊れれば儲けもの。私の可愛いアクシズ教徒の子達や、紅魔族の人達、ついでに、国の偉い人達にチクるの! 今まで築き上げたカズマのコネを活かして、これらの人達に教えるのよ! 今魔王の城に攻め込めば、城の結界はありませんよって!」
何という他力本願。
まあ確かに、結界が無くなれば魔王軍も防衛のため全ての兵士を動かせなくなる。
それだけでも戦況は大分楽になるだろう。
「でも、城の結界が破壊出来なかったら?」
「その時はしょうがないわね。レベルを上げたカズマさんの出番よ」
ほほう。
「聞こうじゃないか」
「敵感知と潜伏を使って魔王の寝所まで潜入して、魔王を暗殺してきて頂戴」
「なめんな」
俺は、布団の上でぎゃあぎゃあ喚くアクアをよそに、頭から布団をかぶり直した。
3
屋敷の広間で、ダクネスやめぐみんと昼飯を食べていると。
「ねえカズマ。ちょっといいかしら」
アクアが真剣な表情を浮かべ、後ろ手に手を組み言ってきた。
まるで、これから大切な話を打ち明けるように。
「......どうしたんだよ。そんな深刻そうな顔して」
俺が鴨のローストをモリモリと食べる中、ダクネスとめぐみんも同じく食事を続けながら、俺とアクアを交互に見ている。
アクアが、バッと顔を上げ。
「聞いて頂戴! 私達、このままではいけないと思うの!」
また唐突に、そんな事を言い出した。
口の中でローストをモゴモゴしながらも、取りあえず聞いてやる。
「何がこのままじゃいけないんだ?」
「この、自堕落な生活よ! ねえ、このままでいいの? 昼過ぎに起きだして、食っちゃ寝食っちゃ寝! 変わった! カズマさんたら、変わったわ!」
いきなりなんだ。
そんなアクアに、めぐみんとダクネスがフォークを置いた。
「この男は大体昔からこんな感じでしたが」
「うん、大体こんなもんだろう。それにアクアだって毎日同じ生活をしていたではないか」
............。
「そうだけど! 元からこんなんだったかもしれないけど! でも、私は昔のカズマさんに戻って欲しいの! あの、莫大な負債を抱えて、毎日涙目でヤケクソになりながら、小銭を稼ぐためあくせく働くカズマさんに!」
「よし、かかってこい、お前を経験値の足しにしてやる」
フォークを片手に席を立つと、アクアが警戒し、シュッシュッとシャドーしながら後ずさった。
「どうしたんです? 普段はカズマと同じレベルでゴロゴロしているアクアが急に」
「ううむ。まあ、あのプリーストの騒ぎも収まった事だし、これからは特にクエストに行かなくなるなと危惧してはいたのだが......。アクアは突然どうしたのだ?」
そんな二人の言葉にアクアがぐっと返事に詰まった。
「その......。ぼ、ぼーけんしゃのぎむとせきにん、みたいな......」
「「「............」」」
「............みたいな............」
俺達三人の視線に晒され、アクアの言葉尻がどんどん小さくなっていく。
「ぼ、冒険者として、世間の困っている人達を............うう............、わ、わああああーっ!」
耐え切れなくなったアクアが逃げた。
「──アクアは急にどうしたのですか?」
食事を終えためぐみんが、お茶を啜りながら言ってくる。
ダクネスも不思議そうにナプキンで口元を拭っていた。
「気にしなくていい。急に正義感に目覚めたらしくて、魔王を倒したい病気をこじらせたんだよ」
「「魔王!」」
「うおっ!?」
魔王の言葉に突然反応する二人。
「魔王ですか! いいですね、魔王退治ですか! 我が最強の名を確固たるものにするため、ちょっと殺っときますか。セレナ捕獲はカズマ一人で終わらせましたし、にんにん退治もあっけなかったもので不完全燃焼だったのですよ」
いつからお前が最強になった。
というか、ちょっとコンビニ行って来るみたいな感覚で言うな。
「魔王......。魔王かあ......。きっと、その攻撃は凄いんだろうなぁ......。私の自慢の鎧でも、一撃で破壊されてしまったり......」
ほんのりと頰を染め、夢見る女の様にぼうっとした表情を浮かべる変態。
今さらだが、そういえばこの二人はこんなんだった。
「一応言っとくが、行かないからな。ちょっと魔王の幹部を立て続けに退治出来たからって、変な勘違いはするなよ? 本音を言えば、俺達のパーティーはどちらかというと駄目な方のパーティーだからな? だから......。......そんな、目をキラキラさせて俺を見ても、絶対に行かないからな?」
「──ったく、なんなんだあいつは」
その日の夜。
俺は自室で、両腕を枕にしながら物思いに耽っていた。
まったく、何考えてんだかあいつは。
そりゃあ、俺に無理やりこの世界に連れて来られたわけだし、帰れるものなら帰りたいのだろう。
しかし、こうもアッサリ帰りたがるとか、なんという薄情者。
俺達の関係はそんな軽いものだったのかと、少しだけショックだ。
......いや、めぐみんの話では、ここ最近のセレナによる街の連中の傀儡化で、必要とされなくなったアクアの落ち込みようは酷かったらしい。
きっと、それらの事が重なったのだろう。
あいつも、そこまで考え無しのバカでは......。
..................。
......単に、再び天界で必要とされてると知って舞い上がり、皆に会えなくなるとかそこまで深くは考えていないだけかも知れない。
まあ、女神には女神の感性や考えがあるのだろう。
一応アレでも、崇めてくれる信者もちゃんといる、神様なんだよなぁ。
そりゃあ、何だかんだで長い付き合いの腐れ縁だ。
アイツが本気で望むのなら、魔王ぐらい......。
魔王......ぐらい......。
......無理ゲー。
──それからどれくらいの時間を眠ったのだろう。
何か、遠くから声が聞こえる。
「........................ばれし............あなたの..................」
それは、とても心地良い響きで。
なんだか、心の奥底から自信が湧いてくるような............。
「神々に選ばれし............偉大なる伝説の............」
そう、俺は神に選ばれた伝説の............。
......伝説の?
ふと目を開ける。
すると、耳元に何者かのボソボソと囁いてくる吐息を感じた。
「神々に選ばれし偉大なる伝説の勇者、サトウカズマよ......。あなたのその手に、人類の命運がかかっているのです......。さあ、今こそ魔王を倒すために立ち上がりなさい......。そして、儚くも美しい女神の願いを叶えるのです......!」
ふと横を見ると、俺の耳元でボソボソと囁きかけているアクアと目が合った。
「......お前、何してんの?」
「......カ、カズマさんの、可愛い寝顔が見たくなって......」
俺は布団を撥ね除け飛び起きた。
「めぐみん、ダクネス、ちょっと来てくれー! アクアが夜這いをかけてきたー!」
「わあああああああーっ! ごめんなさい、洗脳しようとしてましたああああああ!」
4
「ねえカズマ。ちょっとこれを見て頂戴」
セレナが逮捕されてから三日が経った。
既にあらかたの情報は引き出せたらしく、セレナは王都の監獄に護送されるらしい。
そして、ずっとレジーナという名に引っかかりを覚えていたのだが、今さらになって思い出した。
以前、ルーシーズゴーストという幽霊を退治に行った時、彼女が崇めていた女神の名前だ。
ルーシーが最後のレジーナ教徒と聞いていたが、まさか魔王軍に信者がいたとは......。
ルーシーといいセレナといい、女神レジーナの信者を次々倒しているが、俺も一時は信者だったという事でどうか許して欲しい。
現在俺は、屋敷の広間のソファーの上で裸足であぐらをかきながら、装備の整理を行っていた。
毎回冒険に行く度にポーションだのスクロールだのを備えていくのだが、何だかんだで一度も使った事がない。
俺は昔からゲームをしている時なんかでも、強力な回復アイテムは勿体なくて最後まで使わずラスボス戦を終えてしまうタイプだった。
バニルから押し付けられた迷惑なアイテム、禁断のポーションシリーズを前に、どうにかこいつらを上手く使えないかと思案していると。
それを同じくソファーに腰掛け、隣から興味津々のダクネスが並べた装備を眺める中、アクアが一枚の紙を渡してきた。
......?
俺は作業の手を止めて、アクアからその紙切れを受け取った。
ダクネスも、その紙を俺と一緒に覗き込む。
そこには、えらく達筆な字でタイトルが書かれていた。
【魔王に対する好感度アンケート】
「......魔王って響きがなんかカッコイイ(パン屋の店主)。部下に隠れて野良ドラゴンとかにエサやってそう(ペット屋の人)。そんな事より金貸して欲しい(チンピラ)。魔王城を出て店を出すと言ったら、それは良い事だとお金を貸してくれました(顔色の悪い店主)。魔王より我輩の方が強い(問題外)。ウチのカミさんが魔王(疲れた顔のおじさん)。......えっと、なにコレ」
「ああっ! 違う、そっちじゃないわ! そっちは見せちゃいけない方のアンケートまとめ!」
それは既にアンケートとは言わない。
「さあ、コレを見て頂戴! ここに、街の住人達がいかに魔王に対して苦しみ、怯えているのかが書かれているわ!」
そう言いながらアクアが再び差し出してきた紙を、俺は渋々受け取った。
「......この街で店を出しましたがちっとも客が来ません。よく分からないけど、多分魔王のせいだと思います(えっちな店の店長)。魔王が怖くて夜も眠れず昼寝してます。おかげで仕事したくても出来ません。俺が親のスネ囓っているのも魔王のせいです(ニート男性)。魔王が実在するせいで、ウチの神様の人気がちっとも出ません(破壊神崇拝者)。怖い怖い、魔王が怖い、あとはキンキンに冷えたネロイド怖い(劇場の人)。彼女が出来ないのは魔王が悪い(中年男性)。彼氏が出来ないのは魔王が悪い(冒険者のお姉さん)............。もう一度言うぞ。なにコレ」
俺が尋ねると、アクアは驚愕の表情を浮かべてオーバーアクション気味に後ずさる。
「なんて事! カズマったら、こんなに困っている街の人の声を聞いて、何にも思わないの!? そんなだからハレンチ女のヒモニートだの言われるのよ!」
「お、おい、聞き捨てならない事言ったな、今なんつった。それって俺が傀儡化してた時に付けられたあだ名か?」
アクアは俺の言葉には耳を貸さず、こちらに指を突き付けながら。
「一冒険者として、恥ずかしくないの? カズマがこうしてダクネスとイチャイチャしている間にも、世界中の人達は魔王に怯えているの! 謝って! 冒険者を名乗ってごめんなさいって謝って! 世界の人達に謝って!」
「べ、別にイチャイチャはしていない、カズマが何をしようとしているのかを見ていただけだ!」
と、アクアはそこまで言って、ようやく俺が何をしているのかに興味を示した。
「これなーに?」
「バニルからもらった禁断のポーションシリーズだ。飲むと生涯魔物にたかられるポーションと、毛根が死滅する代わりに魔力が跳ね上がるポーション、魔力を全て失う代わりにレベルを跳ね上げるポーション。あとは、異性を引き寄せる代わりに体臭がゴブリンの臭いになるポーションらしい。コイツを上手く使えないかな、と」
使えそうなのは毛根死滅ポーションとレベルアップポーションの組み合わせだ。
この二つを順番に飲めば、上昇した魔力を使い、一気にレベルを上げる事が出来る。
ただし、副作用が問題だ。
魔力を失う事で魔法が使えなくなった挙げ句、もれなくハゲる。
いざという時、一気に高レベルになるのはありがたいが、ハゲに回復魔法は効くのかが問題だ。
いや、その前に魔法が使えなくなるというのも大きいのだが......。
と、効能を聞いて思わず身を引くアクアをよそに、ダクネスがズイと顔を寄せてきた。
「おいカズマ、魔物にたかられるポーションを売ってくれ」
「絶対嫌だ」
5
俺達の下に、セレナを王都まで護送する依頼がきた。
王都での受け入れや護送の準備まで、まだしばらく時間が掛かるとの事。
そんな大義名分があるため、俺はなんら恥じる事もないニート生活を送っていた。
「コケコッコ────────!」
......そのはず、だったのだが。
「コケーッ! コッコッコッコッ」
「ダメよゼル帝! 騒いじゃダメ! あの男は、事あるごとにあなたを晩御飯にするべきだって騒いでいるのよ! やるわ。鬼畜のカズマさんならきっとやる! いいこと? 素直で可愛く、大人しかったあの頃に戻って頂戴。荒ぶるあなたもとても気高く美しいけれど、こんな早くから騒いじゃダメ。そう、魔王退治には、ドラゴンであるあなたの力が必要なの。もっともっと成長して、私達を乗せて飛べるぐらいに大きくなるまでは、まずは大人しくして力を蓄えるのよ」
「コケエェェェェェェェェ!」
「ダメよゼル帝、静かになさい!」
「お前の方がうるせーよ! 朝から何だよ、静かにしろよおおおおおお!」
俺はベッドから飛び起きると、窓を開けて怒鳴りつけた。
俺の部屋の真下の部分には、ゼル帝の小屋がある。
そこで、アクアとゼル帝が騒いでいた。
「ソイツ、超凄い魔力があるから、ひよこから育つには時間掛かるんじゃなかったのかよ!? なんでニワトリになってんだよ!」
「この子は謎に包まれた超生物、ドラゴンですもの。きっと魔王を倒すという使命に燃えて、不思議パワーで成長したのね」
ニワトリ小屋ではアクアに餌を貰っていたゼル帝が、なぜかひよこから上質の鶏肉にクラスチェンジしていた。
「何が不思議パワーだ、バカにしやがって! そのニワトリを黙らせないと、晩飯に変えてやるからな!」
それを聞いたアクアは、なんて事を言い出すんだとばかりに驚愕の表情を浮かべながら、
「ゼル帝、ここは私があの悪魔を食い止めるからあなたは早く逃げなさい! 私の事はいいから逃げて! そして立派に成長した暁には、共に魔王退治に旅立ちましょう! 三丁目の肉屋のおじさんには気を付けるのよ!」
「コケッ、コッコッ......」
「ああっ、ゼル帝! 私を置いては行けないって言うの? いいわ、共にあの悪魔と戦いましょう! あなたのお母さんとして、ちゃんと守ってあげるからね!」
妙な小芝居をして、ゼル帝を鳥小屋から出して抱きしめるアクア。
「もう何でもいいから静かに寝かせて欲しい。頼むから。ほんと頼むから」
「なら、もうゼル帝を食べるとか言い出さない?」
「分かったから。もう言わないから、代わりに鳥小屋を他の場所に移動させろ」
そう告げると、アクアは両手で目の前に掲げたゼル帝に向かって、力持ちのダクネスに小屋を運んでもらおうねとか語りかけている。
無理難題を吹っかけられて半泣きになるダクネスが目に浮かぶ。
「......しかしお前、まだ魔王魔王言ってるのかよ。もう諦めようぜ。魔王の城なんて、まだ魔王軍幹部の魔王の娘が残っていて、きっと精鋭なモンスターもワラワラいるんだぞ。そんな危ない事は強い人達に任せて、俺達はのんびり暮らそう。大丈夫だよ、誰かがなんとかしてくれるって。既に屋敷に名声、金も得た俺達の人生はこれからだろ?」
窓枠に肘をついて二階から見下ろしながらの俺の言葉に、アクアがゼル帝を抱いたままやれやれと首を振る。
「これだから平和ボケした日本人は......。どうしてそう、良い方向へ良い方向へとしか考えないの? そんな甘っちょろい考えだから、スペランカーごっこが趣味なんですかってぐらいにカズマさんはポコポコ死ぬのよ?」
アクアが、ゼル帝を自分の目線の高さまで持ち上げて、視線を合わせて、ねー? とか言ってる。
このやろう、俺が死ぬ一番の原因はお前らのお守りがあるからだ。
アクアは、俺が二階にいる事で手が出せないと踏んで言いたい放題だ。
「平和ボケも大概にして頂戴。現在、この世界では戦争中なんです。これから、王都が魔王の娘率いる大軍に攻められそうなのよ? しかも、この街まで敵が攻めてくるっていう時......に......」
平和ボケと言われても、ピンとこないものはしょうがない。
これが長年平和馴れした日本人のサガ............。
......?
「ど、どうした急に、そんな口をパクパクさせて。人をスペランカーごっこが趣味とか言っときながら、自分は鯉の真似か? お前にしてはありきたりな芸だな」
俺も二階でアクアを真似し、口をパクパクさせてみる。
アクアは慌ててゼル帝を小屋に戻すと。
「違うわよ! そうよ、魔王よ! ねえカズマ、今が魔王を倒すチャンスなの!」
まだ言ってんのか。
「あっ、あっ! 待って! カズマさん二度寝しないで、ねえ聞いて! これから王都が魔王軍幹部の、魔王の娘と大軍に攻められるって事は、お城が留守になるって事よ! しかも、おまけにこの街にも攻めてくるって事は......! 連中は結界があるから、安心しきって大軍を送り込むわ! 軍が出払った後に襲撃すれば、城には魔王ぐらいしかいないかも! だって、結界があるから留守番を残す必要なんてないでしょ!? 魔王の所にカチコミに行くなら、これ以上無いチャンスじゃないかしら!」
......確かに平時に攻めるよりは、少しはチャンスがあるのかも知れないが......。
「そうは言ってもなあ......。あ、お前に聞きたいんだけど、回復魔法でハゲって治るか?」
「火傷で死滅した毛根ならともかく、普通は治らないわよ。......ごめんねカズマ、力になってあげられなくって......」
「俺はまだハゲてねーよ! 禁断のポーションシリーズで、ハゲるけど魔力が上がるヤツがあったろ! アレを飲んだ後、魔力をレベルに変えるポーション飲もうかと思っただけだ!」
危うくハゲ疑惑を掛けられそうになり、必死に言い訳していると。
「無いわよ?」
「......? 無いって何が?」
アクアがゼル帝を抱きながら、それを見せびらかすように。
「魔力をレベルに変えるポーションなら、この子にあげちゃったわよ? 見なさいな、この立派な体軀を。この調子なら後十年もすれば魔王もイチコロなんじゃないかしら」
と、自慢気にそんな事を......。
「はあ!? おまっ! お前、そんなもんに切り札になり得たポーション飲ましたのか! なんでそうバカなんだ! どうしてそう、人の計画を引っ繰り返すんだ!」
「な、なによ、怒んないでよ! だってゼル帝がレベルアップして急激に大きくなれば、魔王だってどうにか出来ると思ったんだもの! ほら見なさいな、実際にとても強そうになったでしょう!?」
俺は高所から、アクアの抱く鶏肉を見下ろすと。
「......フッ」
鼻で笑った。
「──二人とも、朝から何を騒いでるんだ? カズマ、朝食ができたから......。......な、なんだか楽しそうだな......」
部屋に俺を呼びに来たダクネスが、俺達を見ながらそんな気楽な事を言った。
「止めろこらっ! 窓に穴が空いたら蚊が入ってくるだろ! 窓が割れたら、直るまでお前の部屋と取り替えてもらうからな! 『ウインド・ブレス』ッ!」
「魔法を使うのはズルイわよ! 窓割られるのが嫌なら、もう少し前向きに魔王退治に協力しなさいよ!」
庭に落ちている石を広い、それを窓目掛けて投げるアクア。
俺はその石を風の魔法で撃墜していた。
しかし、このままでは分が悪い。
「『クリエイト・ウォーター』!」
アクアの頭上に突如水が出現し、それがバシャンとアクアに掛かる。
ずぶ濡れになったアクアは、だが涼し気な表情で勝ち誇っていた。
「よりにもよって水の女神様に涼しい水のサービスですか? 忘れちゃったの? 私にとっては、水の中での生活だって苦痛じゃないんですけど。もっと寒い季節ならいざ知らず、こんなものはただのご褒美......」
俺は、アクアが皆まで言う前に。
「『クリエイト・アース』!」
「そ、それは止めてええー!」
水で濡れたアクアの上に、大量の土が降り注いだ。
──アクアを泣かせて満足し、一階の広間へと降りて行く。
そこには紅魔族ローブを着込み、しっかりと杖を握り締め臨戦態勢を整えためぐみんが、ソファーに腰掛けお茶を飲んでいた。
「待ってましたよカズマ。食事を終えたら、ちょっと付き合ってもらって良いですか? 用事があるので、立ち会ってもらいたいのです」
土まみれにされたアクアは風呂に入り、ダクネスがアクアの一張羅の羽衣を洗ってやっているのだが。
「別にいいけど。......立ち会い? 何だか決闘でもするみたいな言い方だな」
6
「私達、友達なのに! ねえ、友達じゃなかったの!? 親友じゃなかったの!? ついこないだ、紅魔の里で永遠のライバル宣言した仲なのに、なんでこんな事になるの!?」
「永遠のライバル宣言した仲だからでしょう! 大事な話があるから森まで来て欲しいだなんて手紙を寄越しておいて! ほら、とっとと掛かって来ると良いですよ!」
街の近くに広がる森の中。
めぐみんが、泣きそうな顔で手をワキワキさせて怯えているゆんゆんと対峙しながら、杖を振り回して猛っていた。
「なんだ、ゆんゆんに決闘を申し込まれてたのか」
「違います! 違いますよ! 決闘じゃないです、めぐみんに話があって呼び出しただけなんです!」
俺の言葉にゆんゆんがいよいよ泣き出しそうになる中、威嚇するかのようにめぐみんが杖を振る。
「だったら、なぜこんな人気の無い所に呼び出すのですか! 用があるなら家に来ればいいではないですか!」
「えっ! だ、だって......。カズマさんと良い雰囲気の時に邪魔なんてしたら、きっともう来ないでくれって言われて......。女の友情なんて、恋愛の前にはティッシュより軽い物だって、本に書いてあったし......」
めぐみんの言葉に、ゆんゆんが言葉尻をどんどん小さくし、自信なさ気に言ってきた。
「日頃から色んな人に邪魔されているのですから、今さらそんな事ぐらいで怒りませんよ! それにタイミングが悪かったり、邪魔な時にはちゃんと帰れと言って追い払いますから!」
「えっ!」
それは余計にダメージきそうだが。
「で、めぐみんに用事って結局何だったんだ?」
俺の言葉にゆんゆんが、手紙をめぐみんに向かって差し出した。
「これが、紅魔の里の人から送られてきて......」
それを受け取っためぐみんは、手紙に目を通していく。
「......魔王軍が総力を挙げて王都を攻める。紅魔の里へ、国から王都防衛の要請が来たため、各地の紅魔族は集結せよ、ですか。......フフ、とうとう我が力が必要とされる時が来たわけですね。いいでしょう! ゆんゆん、それでは共に魔王の連中......を............」
手紙に目を通していためぐみんが途端にその言葉を途切れさせた。
それを見たゆんゆんが気まずそうに。
「あの......。一応、めぐみんにも見せろって書いてあったから......。そ、その......」
動きの止まっためぐみんの傍に寄ると、横からひょいと手紙を覗いてみる。
そこには......。
「......おっ、ゆんゆんの名前が一軍の頭に載ってる、さすがは次期族長だな。めぐみんは......。二軍の隅っこに名前があるな。横に、めぐみんだけ(補欠)って書かれてるが」
「めぐみんは上級魔法を使えないから、きっとそのせいで補欠なんだと............あああーっ!」
めぐみんが、預かった手紙を紙飛行機にして森に飛ばした。
「何するの!? あの手紙、他の紅魔族にも見せなきゃならないのに!」
ゆんゆんがめぐみんに訴えかけるが、当の本人はどこ吹く風だ。
「そんな事はどうでも良いのです。それよりゆんゆん、あなたはどうするのですか? アクセルに来たばかりですが、里に帰るのですか?」
めぐみんの言葉に、ゆんゆんが返事に詰まる。
なにか、言いたい事があるのに言い出せない。
ゆんゆんが、そんな態度でもじもじしていると。
「まったくこの娘は! 次期族長になったクセに、なぜそうも、いつもいつもウジウジと! 言いたい事があるならハッキリと言えばいいんですよ!」
「痛い痛い! 言う言う、分かったから髪引っ張らないで! ......そ、その......。この街にも、魔王の手下が来るって聞いて......。ほら、この街にも、と、友......知り合いの人が増えてきたし......」
小さな声で、俯きながら両手の指をモニョつかせるゆんゆん。
......ああ、そうか。
「里の人達には帰って来いって言われてるけど、この街に友達もできたし。出来れば残って、街を守りたいって事か」
「えっ! あ、......は、はい、と、友達......。友達が、何人かできたので......!」
友達ってのはアレの事だろうか。
最近ゆんゆんは、あまり関わり合いにならない方がいい連中とつるんでいる事が多い。
関わり合いにならない方がいい連中とは、とあるチンピラと流行らない魔道具店の仮面の店員だ。
ゆんゆんがこくこくと何度も頷きながら、やがて表情に翳りを見せた。
「でも紅魔の里からの招集は、滅多な事では行われないんです。その、滅多に行われない呼び出しがあった以上、次期族長が無視するわけにも......」
......なるほど、それでどうしようかとめぐみんに相談に来たのか。
その、相談を受けためぐみんはゆんゆんとは別の方を向いており......、お、おい!
「めぐみんちょっと待て、何を......!」
俺が制止する間もなく、めぐみんが叫んでいた。
「『エクスプロージョン』ーッッッ!」
突如森に向けて放たれた爆裂魔法。
それは、先ほどめぐみんが手紙を飛行機にして飛ばした一帯を跡形も無く消し飛ばし......。
「あーっ! 何するのめぐみん! まだあれ、他の人に見せてないのに! どうしよう、どうすれば......!」
頭を抱えて騒ぐゆんゆん。
魔法を放っためぐみんが、これ以上にないドヤ顔で倒れそうになりながら俺の方を振り向いた。
それを支えて魔力を注いでやると。
「どうですカズマ。これが一軍に入るべき本物の紅魔族の実力です!」
自信満々なめぐみんに、ゆんゆんが半泣きで食って掛かる。
「ど、どーするの? ねえ、どうしたらいい? って言うか、なんでめぐみんはいつもいつも私を困らせる様な事ばかり......!」
「うるさいですねこの小心者は! あの手紙は、郵便屋さんが野良オークにでも捕まったか、家で飼ってる山羊型悪魔が食べたとかなんとか適当に言っとけばいいのです! この街を守りたいんでしょう? ゆんゆんは、ごちゃごちゃ考えずにもっと図太くなった方がいいですよ!」
めぐみんの、そのあんまりにも理不尽な言葉に、だがゆんゆんは頰を紅潮させて、困ったような、それでいて少しだけ嬉しそうな微妙な表情を浮かべた。
強引に手紙を処分されて後押しされた事が、ちょっとだけ嬉しかったらしい。
堂々と胸を張って開き直るめぐみんを、ゆんゆんが眩しそうに見ながらはにかんだ。
確かに少しばかりめぐみんの押しの強さを見習った方がいいとは思う。
思うのだが......。
俺はめぐみんの背中に向けて。
「お前、自分の扱いが補欠だったから行かない事にしたんだろ」
「ッ!?」
めぐみんがビクッと震えた。
1
「......ちゃん。......に......ちゃん、起きてよ......」
布団が重い。
そして、なんだか遠くから声が聞こえる。
それはとても優しげで、俺が長い間望んでいたセリフ......。
「お兄ちゃん起きて! 遅刻しちゃうよ! ほら、早く早く!」
お兄ちゃん。
その甘美な言葉に、俺はふと目を開ける。
「おはようお兄ちゃん! さあ、今日も元気に魔王退治にいこっ!」
布団越しに、年齢不詳の自称妹が俺の上に跨りながらそんな事を......。
「おらあああああっ!」
「お兄ちゃーん!」
立ち上がりながらシーツの端を摑み引っ張って、布団上のアクアごとベッドの上から放り出す。
転がり落ちたアクアには目も向けず、そのままかけ布団を被って再びベッドに。
俺は布団から頭だけを出して、絨毯に転がるアクアをチラッと見ると。
「......今日のはちょっとだけ良かった」
「やはりロリコンのカズマさんには、お兄ちゃんの効果はばつぐんのようね」
アクアがそんな事を言いながら立ち上がる。
──ここのところ、連日アクアがこんな感じだ。
魔王退治に行かせようとあの手この手を仕掛けてくる。
「ねえカズマ、そろそろ折れてもいい頃だと思うの。みんなが何か問題起こすと、涙目になりながらも最後にはなんとかしてくれるのがカズマさんの良いところでしょ?」
「俺をなんでも叶えてくれる青だぬきと同列視してんのか? 本来なら、仮にも女神のお前の方こそ、最後にはなんとかしてくれるのが筋じゃないのか」
そんな俺の皮肉にも、アクアはどこ吹く風といった表情でベッドの脇にぺたんと座った。
そのまま絨毯の上に、膝を抱えて体育座りになると。
「私に出来る事って言ったら、水の浄化に、悪魔やアンデッド退治、後は蘇生ぐらいのものよ。女神なんて、それほど大層な存在でもありがたいもんでもないわよ」
「お、お前とうとう開き直りやがったな。女神なら、魔王ぐらい封印出来ないのかよ。邪悪を封じるとかも女神の仕事みたいなもんだろ」
アクアが膝を抱えたまま、布団の下の俺の下半身の場所をジッと見る。
「今の私に出来るのは、その邪な存在を封印する事ぐらいね」
「や、止めろよ......、止めてください、仕方ないだろ朝なんだから。そ、そんな事より」
俺は話を逸らすように、寝たままでアクアに顔だけ向ける。
「今の状況でもかろうじてどうにかなるかならないか、ぐらいなら、あと一人魔王の幹部が倒されれば、城の結界とやらはお前の力で確実に解除できるんだろ? だったら、それまで待とうぜ?」
正体不明の魔王の幹部は後一人。
「確か最後の幹部は魔王の娘だったか? どれだけ強いのか知らないけど、仮にも王都を攻めようってんだから、そいつだって無傷で済むとは思えないぞ。王都ともなればチート持ち連中がウロウロしてるだろうしな。それになんたってあそこには、世界最強の俺の妹がいるんだ。魔王の娘が返り討ちにあったら、国の偉い人に頼んで強い護衛付きで結界の解除に行く。国の強い人達が負けたら、その時はその時でまた考えよう」
もの凄く他力本願だが、俺に出来る事といったらこんなもんだ。
運良くなんとかなってきた今までとはわけが違う。
俺達は英雄でもないし勇者でもない。
むしろ、そこらのちゃんとしたパーティーよりも駄目なグループだ。
それこそ、今まで全滅しなかったのが不思議なレベルで......。
「幹部。あと一人、魔王の幹部が......」
アクアが、膝を抱えたままブツブツと呟いている。
......?
「おい、一体どうした......」
「そうよっ! 魔王の幹部があと一人! あと一人、魔王の幹部が倒されれば、確実に結界は解除出来るの! そうすれば、きっと誰かが魔王を始末してくれるかも! そうよ! そうだわ!」
突然アクアが立ち上がり、そんな事を口走り......。
おい、まさか!
「ちょっと出掛けてくるわ!」
「おいこら待て! ちょっと待て!」
アクアは、制止も聞かずに俺の部屋から飛び出して行った。
──朝っぱらから屋敷を飛び出して行ったアクアを追い、俺は目的の場所にやって来た。
悔しいがあいつの方が足が速い、基本ステータスの差ってやつだ。
「ウィズはどこよ! 隠してないで出しなさいよー!」
「話を聞かないヤツめ! サボり店主は留守であると言っておろうが! 目を離すとロクな物を仕入れてこないポンコツ店主を我輩も探して......、こっ、こらっ! いい加減仮面から手を離すがいい!」
案の定、ウィズの店から騒がしい声が聞こえる。
どうやらウィズは留守のようだ。
俺が店に入ると、そこではアクアがバニルの仮面に手をかけて、それを引き剝がそうと暴れていた。
バニルは激しく抵抗しながら、店に入ってきた俺を見る。
「ぐううういらっしゃいませ! 飼い主よ、この狂犬女神をなんとかするがいい!」
「飼い主にするなよはた迷惑な。ウィズは留守か。というか、話が出来ないから止めてやれ」
俺の言葉にアクアが渋々仮面から手を離す。
「ちょっとへんてこ悪魔。あんたの力が詐欺じゃないなら、ウィズが今どこにいるのかぐらい見通してみなさいよ」
「フン、たわけ。全知全能を謳いながら何の役にも立たぬ神々。その詐欺のような誇大広告と、この我輩の力を一緒にするな。というか以前から言っているであろうが、強い力を持つ相手ともなると見通し辛くなるのだ。あのポンコツ店主は、商才はないが力だけはあるのでな」
バニルは乱れた襟元を直しながらそう告げると、
「偉そうな事言ってるけど、つまり分かんないって事ね。あんたって、肝心な時になるとちっとも役に立たないわね。自分で言うのもなんだけど、それって私以下って事じゃないかしら」
「......よかろう、久しぶりに我輩の本気を見せてくれる。表に出るがいい、今日こそ忌ま忌ましい神との決着を付けてくれるわ」
こいつらは、本当に仲悪いなあ......。
と、店の入り口に立っていた俺は背後に気配を感じた。
振り向くと、そこにいたのは......。
「あっ、カズマさんにアクア様、いらっしゃいませ! 丁度いいとこにいらっしゃいました。実は、面白い物を仕入れてきまして......!」
そう言いながら、ウィズは幸せそうな笑みを浮かべ、背後に付いてきていたペンギンが抱えていた紙袋を俺に見せた。
それを見てバニルが固まる。
アクアが早速興味を抱いたのか、ペンギンに近寄り紙袋の中を覗き込んでいた。
蛇に睨まれたカエルのように動かなくなるペンギンをよそに、同じく動かなくなったバニルに代わって尋ねてみる。
「えっと......。何買ってきたんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
ウィズが嬉々として、俺に紙袋の中身を取り出して見せた。
そこにあったのは......。
「......てるてる坊主?」
「てるてる坊主って何ですか? これは、天候制御が可能な強力な魔道具なんです。これを軒先に吊るしておくだけで強制的に天候を晴れにできるんですよ! 天候制御の魔法というものは、通常は長い儀式と希少な触媒をたくさん使ってようやく行うものなんです。それが、これを吊るすだけ! どうです? 凄くないですか? 凄いですよね!」
それは凄い。
確かに凄いとは思うのだが。
「......で、それって何か欠点とかは無いのか? 例えば、使用すると十年ぐらい雨が降らなくなるとか......。膨大な魔力を使うとか......」
「副作用なんてありませんよ? 私だって、バニルさんにしょっちゅう怒られ、勉強しました! 使用するには、ある程度魔力のある人が手ずから魔力を込めて軒先に吊るす事。あとは、使える時季が限定されているぐらいで、デメリットというものがありません! どうです? とても良い買い物だと思いませんか?」
固まっていたバニルが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
バニルは、ウィズが自慢気に見せびらかしていた、てるてる坊主みたいな物をヒョイとつまみ上げ。
「で、この道具を使える時季というのはどの時季なのだ?」
「今です! 今の時季限定の商品ですよ! せっかく買ってきたのにすぐ使えないなんて、そんなドジは踏みませんよ? バニルさんも心配性ですね」
「............お客様、ちょっと来るがいい」
満面に笑みを浮かべるウィズを残し、バニルが俺の肩を摑んで店の隅へ。
「......先に言っておくけど、買わないからな」
「そう言うな、このガラク......素晴らしい商品からは、たしかに強力な魔力を感じる。その性能には噓偽りはないであろう」
なるほど、コイツがそう言うのであれば性能は本物なのだろう。
ウィズが商品を仕入れる際は、商品の魔力の大きさで物を仕入れると聞いた。
だが、一つだけ疑問がある。
「......ここ最近、ずっと雨なんて降った記憶が無いんだけど。ここら辺りって今の季節に雨は降るのか?」
「......二十年ほど前の同じ季節に、一日だけ小雨が降ったな」
「買わない」
突き放す俺にバニルが仮面を寄せてきた。
「そう言うな、この世界は広い。この時季に雨に困らされている地域があるやも知れん。そういう所へ持っていけば、きっと重宝される事間違いなしだ。今なら、禁断のポーションシリーズ第二弾もおまけに付けてやろう」
「買わない。ていうかさ、ウチのアクアが似たようなアイテム作れるんだよ。大分前にてるてるめぐみんとか作ってさ」
「更には、店主に内緒で開発している次期主力商品、等身大お色気店主抱きまくらも付けてやる」
「買わな......。......おい、詳しく」
俺とバニルが、店の隅っこでそんな話をしていると。
「あの......? どうしたんですか、アクア様?」
ウィズの、そんな不思議そうな声が聞こえてきた──
「──ウィズ。思えば、あなたと出会ってから既に一年以上が経とうとしているわ。皮肉なものね......。私は女神であなたはリッチー。本来ならば、決して相容れない間柄なのに!」
「もうそんなに経つんですね。......あ、魔道具と一緒にクッキー買ってきたんです。アクア様も食べますか?」
「頂くわ。......そうじゃないの。ねえウィズ。私達、慣れ合いが過ぎたようね。本来なら出会ったその日に浄化するのが私の仕事。そう、神とアンデッド。絶対に相容れない間柄なのだから......!」
アクアが、ウィズから貰ったクッキーをポリポリ囓り、そんな事を言い出した。
その不穏な空気にバニルがツカツカと歩いて行き、ウィズとアクアの間に立ち、マスコットペンギン、もといゼーレシルトも震えながらウィズの傍らに移動した。
......まさかアクアも本気じゃないとは思うのだが。
バニルは、ウィズを庇うように立ち塞がりながら口元を不敵に歪め。
「なんだ暴力女神め。今の貴様からは物騒な気配が出ておるぞ? 何があったかは知らぬが、この店で暴れる気なら莫大な修繕費用を吹っかけてくれる。それを覚悟の上で掛かってこい」
言って、バニルはクイクイと右手の人差し指を動かしながら挑発する。
だが、アクアはそんなバニルを意に介さずに。
「ウィズ......。分かって頂戴、あなたを倒さないと世界の平和が守れないの! 友人であるあなたを倒すのは私だって心苦しいわ! でもウィズ、お願い! 私、天界に帰りたいの! 痛くしないから土に還って!」
アクアが、芝居掛かった大袈裟なセリフを吐きながら、ウィズに対して身構えた。
ウィズはといえば、怯えるでもなくキョトンとしている。
やがて、首を傾げると。
「......私が土に還ると、アクア様が天界に戻る事が出来るんですか?」
そんな事を、なんでもなさそうに。
「そうよ! 残念ねウィズ、今回は事情が事情なだけに、見逃してあげる事が出来ないの! 恨むなら恨んで頂戴、でも、私は女神として......!」
「いいですよ」
「女神として......! ............。いいの? ていうか、ダメよウィズ、そんなに生きる事を簡単に諦めちゃ。命を何だと思ってるの? 罰が当たるわよ?」
ウィズを倒すだの言ってるお前が言うなとか、リッチーのウィズに命があるのか、とか。
ツッコミどころが多すぎるアクアの言葉に、ウィズが未だキョトンとした素の表情のまま。
「私が浄化されると、アクア様が天界に帰れるんですよね? よく分かりませんが、何か事情があるのでしょう? もう長い付き合いです。私は知ってますよ、アクア様の事。本当はとても慈悲深くて優しい方だって。......そのアクア様が、私を浄化すると言うのなら従います」
そんな、突拍子もない事を言い出すウィズに、今度はバニルが慌てだした。
「何を言うかウィズ! 貴様、我輩との約束を忘れたのか!? 悪魔との契約を破ろうとは良い度胸だ! 貴様が天に還ってしまっては我輩のダンジョンを誰が作る! これまで店で働いてきたのは、全てはそのためなのだぞ!」
その言葉にウィズが驚き、ニコリと微笑む。
「バニルさん。今度こそ、ちゃんと名前で呼んでくれましたね。約束を守れなくてごめんなさい。......その、今は深い森の中にあるお屋敷で長い眠りに就いていますが、一人だけリッチーの知り合いがいます。その方を紹介するので、どうかそれで......」
その言葉に、バニルがギリッと歯を食い縛る。
そして、未だ納得がいっていないようで、アクアとウィズの間から退こうとはしなかった。
ウィズは立ち塞がるバニル越しにアクアに向き直り、両手を前に組んで微笑むと。
「本来なら、出会ったあの時に浄化されているのが当然なのに。今まで見逃してくれてありがとうございました、アクア様。お陰で、こうしてバニルさんとお店を経営したり、いろんな方と知り合えたり。随分永く生きてきましたが、この一年が人生の中で一番楽しかったです。本当ですよ? ですから、感謝こそしても恨みなんかしませんから」
「............」
バニルが、そのウィズの言葉を聞いて無言のままスッと退いた。
未だ歯を食い縛っているところを見ると、納得はいっていないがウィズの意志を尊重させるつもりのようだ。
「このお店は昔の冒険仲間を迎えるための、皆が帰ってくるお家として作ったんです。ですが、つい先日。......そうですね、あれは私とバニルさんの過去を尋ねられたアクア様が、途中でお昼寝をされていた時の事です。お店にやって来た大切な仲間に、お帰りなさいを言えたので......。だから、とても満足してます」
アクアは......。
「う......うう......」
予想外のその言葉に、泣きそうな顔で後ずさっている。
そんなアクアを見て、ウィズが子供を安心させるような声で語りかける。
「アクア様、私はいずれ誰かに浄化される身ですから。でなければ、永遠に生き続ける存在です。そして、いつか誰かに浄化されると言うのなら、私はアクア様に浄化されたいです。それで、あなたのお役に立てるのなら。それに............」
ウィズが、噓偽りのない穏やかな顔で、アクアを安心させようとするかのように、そして罪悪感を取り除こうとでもするかのように。
「私は、アクア様の事が好きですから」
そう言って、優しく微笑んだ。
何となくアクアを見る俺とバニルとゼーレシルト。
そして、自分の事よりもアクアを心配するかのような表情を浮かべるウィズ。
そんな皆の視線に耐え切れなくなったのか......。
「う......うう......、わ、わああああああーっ!」
良心の呵責に苛まれたアクアが、店を飛び出して行った。
2
......この街で一番優しくて、一番真っ当な人物がリッチーというのは、俺達は人間としてどうなのかと悩みつつ、俺は屋敷に戻るとアクアを探した。
屋敷では、広間のソファーでダクネスとめぐみんがボードゲームをしている。
「なあ、アクアが帰って来なかったか?」
「アクアですか? 先ほど凄い勢いで帰ってきて、自分の部屋に閉じ籠もりましたよ。ご飯が出来てると言っても部屋から出てきませんし。一体何があったんですか?」
めぐみんの言葉に、うーむと唸る。
どうしよう、しばらく放っておくべきか。
......いや。
「ちょっとな。......アクアの分の食事をくれ。部屋まで持って行ってくるわ」
俺はめぐみんから食事を貰うと、アクアの部屋へと向かっていった。
「──おーい、気持ちは分かるけど先に帰るなよー。めぐみんが食事作ってくれたぞ、ここ開けろよ」
「............ほっといて。今、私は少しだけ女神としての自信を無くしているの」
......少しだけなのか。
俺は、ドア越しにもう一度アクアに呼びかける。
「なあ......。もう、魔王退治なんて考えなくてもいいんじゃないのか? そこまでして天界に帰る必要ってあるのか?」
「............」
何だかんだ言いながら、アクアもウィズの事を嫌っていたわけではないはずだ。
ウィズに因縁をつけたり、バニルとの喧嘩に巻き込んで浄化しかけたりだのと、それなりに大変な目にも遭わせてはきたが。
......それでもまあ、相反する存在ながらも二人の仲は悪くなかった。
俺はもう一度呼び掛けた。
「......天界に帰っちゃったら、もうウィズには会えなくなるって分かってるのか?」
もちろん、俺達とも。
......いや、エリス様はクリスになってたまに地上に遊びに来ていたからまた会えるのか?
でも、アクアの場合はどうなんだろう。
コイツは日本を担当する女神らしい。
そんなアクアが、この世界にホイホイやって来れるのだろうか。
返事もなく、静まり返るドアの前。
俺はアクアに呼び掛けた。
「......めぐみんが作ってくれた食事持ってきたけど。食わないなら下に持ってくぞ?」
「............ご飯はそこに置いといて」
飯は食うのか。
「──アクアは一体どうしたんです? いつもは一番先に食卓に着くのに。お腹でも痛いんですか?」
広間に戻ると、心配しためぐみんが尋ねてきた。
相対するダクネスが腕を組みながら困った顔で唸っている様子を見るに、ゲームはめぐみんが優勢なようだ。
「気にするな。一応持っていった飯は食べるみたいだし。それも食い終わってしばらくすれば、腹が減って降りてくるだろ」
俺は気楽にそう言ったが、結局アクアは、夜になっても部屋から出て来なかった。
3
眠れない。
時刻は深夜を回っただろうか。
虫の声すらあまり聞こえない、静かな夜だ。
今朝みたいな騒ぎは特に珍しい事でもない。
アクアが騒いで暴れて迷惑掛けて、そして最後に泣いて帰る。
いつもの事で、いつもの通り。
なのに、何だか今日はやけに気になる。
ウィズにもう会えなくなっても良いのかと聞いて、ドアの向こうで黙り込んだアクア。
本当はウィズをダシにするんじゃなく、もっと踏み込んだ事を聞きたかった。
『俺達と離ればなれになっても良いのかよ』、と。
............。
........................。
「ああああああああああああ!」
俺は布団の上で転がり回った。
なに恥ずかしい事を考えてるんだろうと枕に顔を埋めて悶絶する。
いやいや、本当はこう聞きたかったんだ。
もう長い事ここに居るのに、今さら帰りたいのかと。
この面子での生活に慣れた以上、今さらアクアが抜ける生活というのもちょっと想像がつかない。
アクアが帰る。
居なくなる。
......そうなったならどうなる?
めぐみんとダクネスとの三人暮らし。
大金と屋敷を持ったまま、もうアクアが駄々こねたり問題起こしたり、そして良いところで邪魔に入る事もなく......。
............あれっ。
俺は何を悩んでいたんだっけ、別に悪くない生活な気がしてきた。
......い、いやいや。
これを聞いたら流石にアクアが泣くな。
というか、あいつがいないと何というか退屈しそうだ。
そう、問題は起こらなくなるだろうが、毎日暇を持て余す事だろう。
でも、アクアはどう思っているんだろうか。
というか、そもそもなぜ俺はアクアの事で、こんな時間まで眠れなくならなきゃいけないのか。
イライラしてきた。
うん、モヤモヤしてきた。
「............」
俺は布団を撥ね除けて立ち上がる。
こんな時間だが、あのバカを起こして問い詰めてやろう。
そして、こんこんと説教してやろう。
魔王を倒しに行く事へのリスク、それで得られるメリットの少なさを。
俺は部屋を出ると、出来るだけ音を立てずに移動する。
多分寝ているとは思うのだが、こんな時間にめぐみんやダクネスに見つかって、アクアへの夜這いだと勘違いされると大変困る。
いや、困るどころではない、その誤解だけは佐藤和真一生の不覚だ。
俺が潜伏スキルまで発動させて、コソコソとアクアの部屋へと向かっていると............。
──そこに、夜空を見上げるアクアがいた。
アクアの部屋へと向かう途中。
屋敷の二階、正面玄関の上の部分がバルコニーになっているのだが、アクアはバルコニーに出て、座っていた。
今夜はとても綺麗な満月だ。
アクアは、いつもの淡い水色の羽衣を身に纏い、体育座りの体勢でぼーっと月を見上げていた。
何というか、叩き起こすつもりでこうして来たわけなのだが......。
何も言わずただ月を見上げるアクアは、その見てくれだけは確かに女神だった。
そういえば、俺が日本で死んで初めてこいつに会った時、一目見ただけで女神だと理解が出来た。
その姿は、本当に美しくて......。
俺は思った。
コイツ、普段から喋らなきゃいいのに。
俺が少し離れた所からアクアを見ていると、向こうもこちらに気付いたようだ。
「......どうしたの、そんな所で? 寝られないの?」
アクアの言葉に、俺はバツが悪そうに頭を搔きながらバルコニーへ出る。
覗き見してたなんて言えないし、どうしたもんか。
それこそ、月を見上げる姿に見惚れてたなんて、絶対言えない。
言えば間違いなく調子に乗る。
だから、思っていたのとは全く関係ない事を口にした。
「......まあ、ちょっと昼寝し過ぎて。......お前こそ何してんだよ。蚊に食われるぞ」
アクアはこちらに背を向けたまま、相変わらず自堕落でダメ人間なカズマさんねーとか言いながら、ぼーっと月を見上げ続ける。
............。
「食い気しかないお前が月なんて眺めてどうしたんだよ。天界って月にあるの? お前らってかぐや姫かなんかなの?」
「違うわよ。綺麗だから見てるだけよ。あんた前々から思ってたけど、私を何だと思ってるの? 私だって美しいものを愛でる時もあるわよ。どう? 月を見上げる女神って絵になるでしょ?」
確かに絵になる。
絵になるし、正直ちょっと、やっぱりコイツは女神様なんだなと再確認してしまった。
もちろん口になんて出さないが。
「......なあ。お前、そんなに天界に帰りたいのか? ここに来て、何だかんだで一年以上経つだろ。色んな連中と知り合ったし、そいつらと会えなくなったら寂しいとか思わないのか?」
「..................」
アクアはそれには応えず、相変わらず月を見上げている。
やがて俺に背を向けたまま、独白のように呟いた。
「まだ一年ぐらいしか経ってないのよねー。なんだかとっても不思議な気持ちだわ。天界では、天使の子達や他の神々と、もっと永い時を過ごしたものだけど。ここでの暮らしって毎日が、なんていうか波瀾万丈よね」
波瀾万丈な生活を送る羽目になっているのは、大体お前のせいだけどな。
そんなセリフが喉から出かかったが、そこはグッと堪えておく。
代わりに俺は......。
「天界でもっと永い時を過ごしたって、お前やっぱりババ......」
「それ以上何か言うつもりなら、あんたの下半身に人の力じゃ永久に解けない封印を施してやるからね」
俺は生まれて初めて心底アクアに恐怖した。
アクアは、独白じみた言葉を続ける。
「天界って所はね。特に変わらない毎日が続くだけなのよ。ずーっと変わらないの。正直言って、つまらないわね。......まあその分、変わらないって事は辛い思いもしないわけなんだけど」
辛い思い。
先日の、冒険者達による手の平返しの事だろうか。
そんな事を考えながら俺が何も言えずに黙っていると。
「あれから、街の色んな人に謝られたんですけど。なんていうのか、女神な私はもう気にしてないんだけどね?」
噓つけ、めぐみん達から、あの件ではアクアが相当へこんでいたと聞いてるぞ。
......と、アクアが、月を見上げながら小さな声で呟いた。
その横顔は、別に寂しそうではなく、悲しそうでもない。
ただ、元いた自分の居場所を遠くから見上げている、まるで迷い子のような、そんな、ぼーっとした表情で。
「......帰りたいなぁ............」
それは俺に向けたものじゃなく。
催促しているわけでも、駄々をこねているわけでもない、ほんの小さなアクアの願い。
コイツがどれぐらいの間天界にいたのか、俺は知らない。
向こうではどんな知り合いがいて、どんな友人がいて。
そして、どんな暮らしを送っていたのかも、何も知らない。
......コイツを無理やり連れてきたのは俺なわけで、本人が望むのなら俺が帰してやるべきだろう。
あまり考えたくないが、新しいチート持ちが送られて来ないのも俺のせいみたいなとこもあるし。
でもなあ、魔王かあ......。
......なんて声を掛けてやるべきか。
「......あれだ、少しだけ。ほんの少しだけ、魔王退治を前向きに考えてやるからさ。......ていっても、俺が直に倒しに行くんじゃないからな? たとえば、ウィズの店で爆発系のポーションを大量に買ってきてさ、それで大量の爆発物を作って。で、魔王の城周辺にテレポートで移動して、地雷みたいに周囲を埋めてやるとかさ。で、城から出られなくして兵糧攻めをするわけよ。他には、ゆんゆんに魔王の城近くをテレポート先に登録してもらって、毎日爆裂魔法で嫌がらせに行くとかさ......」
若干早口になる、俺の言葉に。
「......プークスクス! あれだけ抵抗してたカズマが、とうとう折れ始めたんですけど! ほら、やっぱりカズマさんは、最後にはなんとかしてくれるじゃない。......でも、まあいいわ。ただでさえ弱っちいカズマが今のレベルで魔王の攻撃を食らったら、下手したら蘇生させる体も残らないかもしれないしね」
こ、この野郎。
コイツはいつもいつも一言多い。
俺はバルコニーから廊下に出ると、アクアの背中に向け言ってやる。
「俺が弱っちいのはチートの代わりにお前を貰ったからだからな。俺が弱いって事は、お前が役に立ってないって事なわけで、その言葉はお前自身にも返って来ると知れよ。分かってんの、駄女神様?」
「ねえ、封印かけてあげるからちょっとこっちにいらっしゃいな」
「ごめんなさい」
いつまでもここにいると、気まぐれでほんとに封印を掛けられかねない。
未だバルコニーから動こうとしないアクアに、早く寝ろよとだけ告げて、俺は自分の部屋へ帰ろうと......。
そんな俺の背中に向けて、アクアは膝を抱えたまま。
未だ月から視線を離さず言ってきた。
「カズマさん、カズマさん」
俺はその場で足を止めると、
「......? 何だよ」
未だこちらに背を向けたままのアクアを見る。
「......佐藤和真さん。あなたは、この世界に送られて良かった? 後悔はしてないですか?」
アクアは、そんな事を聞いてきた。
俺は日本に居た頃は、先の見えない引き籠もりだったわけで。
それが今では一財産を築き上げ、家まで持って、しかも異世界の美少女達に好かれるという快挙を成し遂げた。
セレナに殺された際にエリス様にはもう帰りたくないなんて駄々をこねてもみたけど。
アクアに感謝こそしても、今となっては後悔なんてあるはずがない。
それが、たとえこんなにも過酷で、ろくでもない世界だったとしても。
「後悔なんてしてないさ。ここに来れて良かったよ」
その言葉を聞いたアクアは心底安心したように、ほう、と小さく息を吐いた。
俺はアクアをこの世界に連れて来てしまった事にちょっとだけ罪悪感を抱いていたのだが、コイツはコイツで、俺をこの世界に送った事を同じく気にしていたのかもしれない。
「なら、良かったわ。......お休みなさい。月を眺める私が美しかったからって、邪な想いを抱いて今から変な事しちゃダメよ? そんな事したら罰が当たるからね?」
「それはない」
俺の即答にアクアが、即答されるとそれはそれで腹が立つんですけど、やっぱりちょっと封印を......などと、物騒な事をブツブツ言いだし。
俺はそれを聞きながら、慌てて自分の部屋へと逃げ込んだ。
自分の部屋のベッドで寝転がり、俺はやっぱり眠れないまま思いに耽る。
......魔王かあ......。
流石に無理だよな。
何か、簡単に倒せるいい手があれば。
......いやいや、やっぱ無理があるだろ。
でも、ゆっくり考えれば良い考えの一つや二つは............。
と、そこまで考えて、俺はふと気が付いた。
どうして本気で魔王退治なんて考えているんだ、と。
バカな考えを振り払うように目を閉じて、そのまま寝に入る。
心地良い睡魔に身を任せながら、俺はボンヤリと考えた。
今まではそれほど思わなかったけど。
──魔王と渡り合えるぐらいの、チートと呼ばれる力が欲しい──
「おい、カズマ! カズマ、起きろ! 起きないか!」
その声で、直ぐに目が覚めた。
眠りが浅かったのか直ぐに意識が覚醒する。
ダクネスが俺を激しく揺り動かし、大声で呼びかけているようだ。
............。
俺は再び目を閉じて、ダクネスを抱きしめると、そのままゴロンと寝返りを......。
「むにゃむにゃ、もう食べられないよ......」
「こっ、こらっ! お前起きているだろ! ああっ、ちょっ......! ちょ............。........................」
......抱きしめられるまま抵抗しなくなったダクネスに、ちょっとふざけてみただけなんだがどうしようと困っていると、
「......なにしてるんですか。......カズマを起こしてきて欲しいと言ったのですよ! まったく、ちょっと目を離すとすぐこの男を誘惑するんですから、とんだ痴女ですね!」
「!? ちちち、ちがー! 私はまだ、何も......!」
どうやらめぐみんも部屋に入ってきたようなので目を開ける。
当然、抱きしめているダクネスと目があった。
「......また俺を襲いに来たのか!」
「ああっ! おっ、お前っ......!」
濡れ衣を着せられ、泣きそうな顔ながらも頰を染めているダクネスから離れると、俺は伸びをしながら二人に尋ねた。
「なんだよ二人して。朝っぱらから騒がしいぞ」
「もう昼ですよ! そんな事より大変なんです! これを見てください!」
俺はベッドで上体だけを起こしたまま、めぐみんから手渡された物を見る。
手紙だ。
それを開いてみると、中には恐ろしく達筆な字が書かれていた。
『拝啓 すがすがしい初夏の季節となりました。皆さんいかがお過ごしですか?
ダクネスは、タンスの角に足をぶつける遊びを程々に。
めぐみんは、爆裂魔法の使用を少しは控えないと、やがて来るであろう温暖化現象の理由の一つに数えられると思います。
カズマは、性欲を持て余しているのは分かりますが、いい加減みんなの洗濯物を床に敷いて、その上を転がり回るのは止めてください』
俺は、読んでいた手紙をクシャッと丸め、部屋の隅に放り投げた。
「「ああっ!」」
放り投げられた手紙をめぐみんが拾って持ってくる。
「気持ちは分かりますが、ちゃんと最後まで読んでください」
その言葉に俺は仕方なく続きを読む。
『さて、今の世は魔王が蔓延る荒廃した世界です。そんな中、麗しくも美しい女神であるところの、この私が魔王を放置しておく事ができるでしょうか?
いいえ、できませんとも。
世界に散らばる敬虔なるアクシズ教徒達。
この私を信仰する十億の信者の想いに応え、私は旅立ちます。
そう、伝説となるために......』
俺は手紙から顔を上げ、二人に尋ねる。
「......アクシズ教徒って、十億もいたのか?」
「......世界中の信者を集めても、数百人がいいところじゃないか?」
ダクネスの言葉に、俺は安心して再び手紙に目を向けた。
『という訳で、そんな崇高なる目的のために......!
ちょっと、魔王退治に行ってきます』
俺はベッドの上で立ち上がった。
「あのバカ......ッ!」
ダクネスが慌てる俺の様子を見て。
「......アクアはここ最近、カズマからもらった小遣いをコツコツ貯めて、結構な額の金を持っていたはずだ。道中、腕の立つ冒険者でも雇う気なのかもしれないな......」
そのダクネスの言葉を聞いて、俺はベッドから飛び降りる。
直ぐさま後を追いかけないと......!
──と、俺は二人の顔を見て、困ったような微妙な表情に違和感を覚えた。
首を傾げる俺に対し、めぐみんが手紙の隅っこを指で差す。
俺はそちらに視線をやると......。
それは、よく注意して見ると微かに分かる、何かを書いて消した跡。
おそらくこれを一度書いて、カッコ悪いので消したのだろう。
『追伸。 探してください』
......探さないでください、じゃあないのか。
────────あのバカ。
あとがき
まずは、本著を手に取っていただきありがとうございます。
今巻は主人公である佐藤和真の逆襲巻。
いつもは自分から喧嘩を売る事もせず、戦うにしても仲間の力を借りてきた主人公。
それが、寂しげな顔を見せるアクアのためにたった一人で幹部に挑み、敵の洗脳を受けながらも抗い続け......!
あとがきから読み始める方はあまりいないとは思いますが、ネタバレをするとそんな感じです。
大体合ってます。
というわけで、今巻も無事に出版出来たのは、絵師の三嶋くろね先生を始め、担当Iさん、そしてデザインさんに校正さん、編集部の色んな方々や関係者の皆様と、そして何よりも、今まで応援してくれた全ての読者様のおかげです。
というわけで、毎巻の事となりますが......。
このシリーズに携わってくれた方々、そして全ての読者の皆様に。深く、感謝を!
暁 なつめ
電子書籍特典 書き下ろし短編
『貴族スタイル』
完全予約制の高級レストラン。
着慣れないタキシードを着用させられた俺は、出された料理に固まっていた。
こういった時のテーブルマナーは......。
「確か、並べられたフォークとナイフは外側から使っていくんだったな」
「おいカズマ、それは一体いつの話だ。貴族は流行に敏感なのだぞ。今では内側から使うのが常識だ」
対面に座ったダクネスが、困惑気味に言ってくる。
マジかよ、異世界ではマナーも違ってくるのかよ。
だが確かに、ダクネスは内側から順に使っていく。
お嬢様であるコイツが言うのだからそうなのだろう。
「なるほど。国が違えば文化も違うし、マナーだって発展するよな。でもコイツは知ってるぞ。フィンガーボールって言うんだろ。指先を洗うヤツだよな」
そう言って、俺はテーブルの隅に置かれたボールに指を入れて搔き回す。
「それは顔を洗うヤツだ。ここは貴族御用達のレストランだぞ? 腹黒い心はありませんよと、化粧を落とし、素の姿で会食しましょうという意味を込め、互いに顔を洗うのだ」
「......噓だろ? いやだって、タオルもないしビショビショになるじゃん」
「何のためのナプキンだと思っている。お前がなぜか膝の上に置いているヤツだ」
マジかよ、これって服を汚さないヤツじゃなかったのかよ!
「今日は練習だから必要ないが、明日はしっかりとマナーを守るのだぞ。でないと私が恥をかくからな。では、まずはスープの飲み方から......」
困惑する俺に向け、ダクネスが微笑を浮かべて言ってきた──
──どこぞの貴族のお嬢様が、俺に会いたいらしい。
今では俺も新聞に載るような有名人。
昔アイリスが俺の話を聞きたがったように、ダクネスの下にそういった話が舞い込んできたのだとか。
そう、本物のお嬢様である。
「貴族令嬢かあ......。ハシより重い物はもちろん持てないし、小動物を見れば無条件で可愛い可愛いと笑みを浮かべて、花壇の花に話しかけたりする子なんだろうなあ......」
「どう見ても不審者ではないか、お前は貴族令嬢をなんだと思っているんだ。貴族なんて、外見は穏やかだが、どいつもこいつも腹の中は真っ黒だからな?」
一応は貴族令嬢らしいダクネスが、呆れたように言ってくる。
「止めろよ、お前に下げられた貴族令嬢のイメージが、回復するかどうかの会食なんだぞ。せめて会うまではドキドキさせろよ」
「なぜ私によってイメージが下がるのか、詳しく説明してもらおうか」
剣吞な視線を向けてくるダクネスをよそに、
「貴族令嬢って響きが良いよな。はあー......。今まで会った貴族が色物ばかりだから、あまり期待はしてないけどさあ。でも、穏やかなお嬢様だといいなあ......」
俺がほんの僅かな期待を胸に、まだ見ぬ令嬢に想いを馳せていると、ダクネスが何か言いたそうに口元をモニョモニョさせた後、口を開いた。
「......というかカズマ。浮かれているが、貴族のテーブルマナーは大丈夫なのか? 貴族は流行に敏感なのだ。最新のマナーは知っているか?」
──そんな感じでダクネスから最新のマナーを習った、その翌日。
「あなたがサトウ様ですね。ご高名はかねがね......。お目にかかれて嬉しいです。今日は色んなお話を聞かせてくださいまし」
「こちらこそ、お会いできて光栄です。俺で良ければ喜んで話をさせていただきます」
先日の高級レストランにて、ダクネス立ち会いの下、俺は貴族令嬢と向かい合っていた。
「では、失礼して──」
「えっ」
まずはフィンガーボールみたいなヤツで顔を洗い出すと、令嬢が小さく声を上げた。
ナプキンでゴシゴシと顔を拭く俺に、周囲のお客さん達が注目する。
「さ、流石は冒険者様、ワイルドなのですね。あっ、スープがきましたわ! このお店のスープはとても濃厚で......」
前菜であるスープの皿を両手で摑むと、ズゾゾゾと音を立てて一気に飲み干す。
最初はおかしなマナーだと思ったものだが、スープは音を立てて飲む方が美味いと言われ、なるほどと納得した。
ラーメンなんかも啜った方が美味いし説得力がある。
......と、違和感に気が付いた。
目の前の令嬢が顔を真っ赤にして恥ずかしそうに震えており。
その隣ではダクネスが、同じく顔を真っ赤にしてブルブルと............、
「テメー噓教えやがったな! 顔真っ赤にして笑い堪えてんじゃねええええええ!」
──レストランを追い出された俺は屋敷に帰る道すがら、ひたすらダクネスに愚痴を零していた。
「俺がどんだけ期待してたか分かるか? 貴族令嬢だぞ? お嬢様なんだよ。その楽しみを奪いやがって......」
「分かった分かった、悪かった。だがまあ、少しは感謝もしてくれよ? あのお嬢様は本当に腹黒でな。派手好きで金遣いが荒く、そろそろ没落を噂されている家なのだ。それが、急にお前に会いたいなどとは。しかし、それにしても......。フフフッ......!」
未だに笑いが収まらないのか、ダクネスが肩を震わせる。
「コイツ、いつまでも笑ってんじゃねえ! あの子が俺の財産目当てで近付いたのは分かったけど、オモチャにしたのは許さねえからな! レストランの飯も食い損ねたし......!」
「フフッ......、悪かった、あの貴族は格式だけはあるからな。無碍に断るわけにもいかなかったのだ。お詫びに、家に帰ったら高級食材を使って手料理を振る舞ってやろう」
......高級食材か。いやいや、そんなもんではこの俺は......。
と、葛藤する俺に向けダクネスは。
「後は......。まあ、酌の一つもしてやろう。私も一応貴族令嬢だぞ? それで許してくれないか?」
そう言って、楽しげに笑みを浮かべた──
この素晴らしい世界に祝福を!15
邪教シンドローム
【電子特別版】
暁 なつめ
角川スニーカー文庫
2018年11月1日 発行
©Natsume Akatsuki, Kurone Mishima 2018
本電子書籍は下記にもとづいて制作しました
角川スニーカー文庫『この素晴らしい世界に祝福を!15 邪教シンドローム』
2018年11月1日 初版発行
発行者 三坂泰二
発行 株式会社KADOKAWA
KADOKAWA カスタマーサポート
[WEB]https://www.kadokawa.co.jp/
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